「スイッチボタン。」/ショートショートストーリー
私はとても不器用なのかもしれません。
誰かの子供。
誰かの生徒。
誰かの友達。
誰かの部下。
誰かのご近所さん。
誰かの恋人。
誰かの上司。
誰かの妻。
誰かの母親。
誰かのママ友。
誰かの祖母。
生きているうちにたくさんの役割が生じてきたので、私はそのたびに自分の中に様々なスイッチボタンを持つことにしました。スイッチボタンひとつでいろんな私がその場に合わせて稼働する。そのおかげで不器用な私でもひどい非難や苦情もなく生きてきました。
でも、子供が独立して夫と余生という時間を過ごす今、私に「わたし」というスイッチボタンがどこにもないことにきづきました。どこをさがしても見当たりません。不器用な私は途方にくれています。誰かの私でなくて「わたし」そのものが起動するスイッチボタンがどこにあるのか、わかりません。
あなたご存じありませんか。「わたし」のスイッチボタンを。