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「思い出した約束。」/ショートストーリー

「大丈夫よ。明日お迎えに来てくれるって。」

いやいや。俺はそんなことを頼んだ覚えはないけどな。

ちょうど、一年前の桜の頃。俺はまんまと人間に捕まってしまった。だって、俺は空腹だったのだ。年のせいか、なかなか食べるものにありつけない。
いつも食べ物をくれる人間が何人かいるのだが、どういう訳かその日は誰もいなかった。仕方なくて公園のお気に入りの場所で昼寝をしていたら。年老いた人間の女が嗅いだことがないような匂いのものを出してきて、俺を誘ったんだ。舐めていたら夢中になってしまい、気が付いたらその人間の大きなバックにいられていたわけだ。

俺はそれからその人間に「にこちゃん」と名付けられて暮らしている。俺がもう少し若ければ、とっくの昔に逃げているのだが。その人間と一緒なのも悪くないと思うところが老いたということなのかもしれない。

最近、その人間は俺のように寝てばかりいる。前はよく紐で遊んでくれていたが。別に俺は子猫じゃないのだから別に構いはしないし、食べ物だって今までと同じようにもらえて、一日好きに寝て暮らせることに変わりはないから不満はない。ただ、なんだかざわざとしてしまうのだ。

俺はその人間のことが最初嫌いだった。白い大きな建物に連れていかれて洗われたり、先の尖ったものを刺してきたりする。そんな嫌なことをされたのでその人間の家にきてからしばらくは警戒して、声を上げたり、爪で引っかいたりしていた。

でも、その人間と暮らしているうちに俺はなんだか落ち着いてしまった。その人間は俺が爪を出しても血が出てしまうくらいにかんでも優しかったからだ。それに不思議なことににこちゃんと俺を呼ぶ声や俺がついうっとりしてしまう撫で方もなぜか懐かしくて胸が暖かくなる。俺はあまり考えない生き物だから理由を深く考えないけどな。

ところで、明日迎えに来るっていうのは、この家から追い出されるということか。まあ。考えても仕方ない。ただ今夜はすごく眠い。いつもより眠くて重い。俺はいつもように一緒に暮らしている人間のそばで寝ることにした。

「大丈夫。明日お迎えがきてね。にこちゃんは新しいおうちに行くの。お母さん、具合悪くてね。しばらくこのお家に帰れなくなるの。いつまでわからないから、淋しいけれどにこちゃんとは今日でお別れなの。」

俺はその言葉を聞いていきなり、すごく大事な約束を思い出した。
ああ。俺は。。。
僕はにこだった。
僕はにこという名前で理香ちゃんという女の子に可愛がられていた。だけど僕は病気になって理香ちゃんと別れなくてはいけなくなった。
理香ちゃんは大きな声で泣いて冷たい身体を抱き締めながら言った。
「また。理香と一緒に遊ぼうね。いつか理香のところへ来てね。いつまでも待っているから。約束ね。」

この人間は理香ちゃんだったのか。約束どおり、理香ちゃんのところへ戻ったんだ。僕はすごく身体が重かったけれど年老いた理香ちゃんの額を舐めた。
にこちゃん。」そう言って笑った顔は理香ちゃんだった。そして、理香ちゃんは大きく息を吐いて目を閉じて動かなくなってしまった。僕も目蓋が重くて眠りたい。理香ちゃんと一緒に眠ろう。

起きたら、また理香ちゃんのそばにいられるように神様にお願いしよう。



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