「スキというサイン。」/ショートストーリー
別れは突然だった。
小春日和。デートの日はいつも前夜から妄想が始まる。明日はどこへ行くのか。待ち合わせの時間と場所だけがいつもメールでくるから、自分なりに想像してみる。大体は外れてただご飯を一緒に食べたりすることが多い。本当はふたりで行ってみたいところもたくさんあったけれど、言い出す勇気がなかった。だって、私は彼の恋人ではないのだから。わがままを言ったら終わりになるのが怖かった。
好きって告白したのは私から。その告白を聞いた彼が戸惑っていたのを感じて私が提案したのだ。今だれかとつき合っていないのなら、私と試しに付き合ってよ。って。彼は苦笑しながら同意してくれた。それはたぶん、彼の優しさからくるものと私たちが幼馴染という関係だったから断り切れなかったというところだと思う。いきさつを聞いた親友はすごく怒って、そんな優柔不断な男とは縁を切るべきだ。都合の良い女になってどうすると忠告してくれたけど。彼への想いは手放せなくて。こういうのをきっと執着というのだろうなと思いながら。彼といる時間は私にとって甘い夢なのだ。いつかは私を愛してくれるはずと信じて夢をみる。
でも、交際して1年たってもいわゆる男女の仲にはならない。いい雰囲気になってもさらりとかわすのがとても上手な彼。普通は女のほうがさらりとかわすものではないのかといつも心の中で思った。
そして、その小春日和の日。待つ合わせ場所に、彼は大きなスーツケースとともにあわれた。スーツケースの意味がわからなくて不安を感じた私は、彼の袖を無意識につかんでいた。
「ごめん。今日、アメリカに行くんだ。」
「いつ帰ってくるの?」
「たぶん。もうこちらには帰れないと思う。」
「ねえ、どうしたの。理由を教えて。」
彼は無言のまま、私の大好きなふんわりとした笑顔になると私を抱きしめて、おでこにキスしてくれた。そのあと振り向きもしないで私からどんどん遠ざかっていった。おでこのキス。最後まで口づけさえしてくれないのかと悲しくて涙が頬をつたう。追いかける気力はすでになかった。
あれから何年も過ぎたけど、私はいまだに彼を忘れられない。そんな私をみて親友は、いっそ抱いてくれていたら諦めがついたのかもしれないねとなぐさめてくれる。そうなんだろうか。でも彼以外のひととは甘い夢をみられない。
私は暇つぶしに日記みたいなことを書いてWebに投稿している。もちろん、誰かに読んで欲しいわけではない。それでも。どこが共感するのかわからないがスキをしてくれるひとがいたりする。
ある時スキしてくれるひとのなかにホーキング博士という名前をみつけた。彼はホーキング博士を尊敬していた。それで珍しくプロフィールをみにいってみたけど、男性としか書かれていない。それにひとつも投稿がない。私は彼ではないのかと思った。
別れたあとしばらくして、彼はホーキング博士と同じ病気で治験のためにアメリカへ行ったことを、彼の家族に聞いた。だから忘れてほしいと彼の家族に言われた。彼の帰らないのでなくて帰れないと言った言葉を思い出す。親友は色々と心配してくれて、家族に確かめたらと言う。
何故?
私はまだ起きたくない。覚めない甘い夢にいるのだ。スキというホーキング博士のサインがある限り。
私は覚めない夢の中でずっとおぼれていたいと願う。