生きてるって感じする?の巻
今日も、わたしの彼で、わたしの住むマンションの隣の住人、雲坂雅哉は、モーツァルトの『ラクリモサ』をラジカセで大音量で流し、やなせたかしの『手のひらを太陽に』を熱唱しながら、チェーンソーで木彫りをしている。
今日は、熊を彫っているそうだ。
「雅哉さん?」「なに?」
「すごぉ〜い! 雅哉さん、こんなやかましい中、歌まで歌いながら、わたしが呼んだのが聞こえたの?」「玲奈ちゃんの声は、どんな時でも、ちゃんと聞いてるよ」
「え? どうして?」「かわいいから!」
二人で怒鳴りあいながらの会話だけど、わたしは幸せだ。とても。
「雅哉さん? 生きてるよね?」「生きてるよ!」
「雅哉さん? いま、生きてるって感じする?」「めちゃくちゃする!」「よかった」
『ラクリモサ』は、モーツァルトが死神に依頼されて作ったと言われている『レクイエム』にある曲で、『涙の日』という意味だ。
こんな不吉な曲を大音量でかけてるなんて、月浜可憐が言うように、「もしかしたら? 雅哉さんは、この世のモノではないのではないか?」と背筋がゾクっとするけれども、死神が依頼したにしては、美しい曲だ。
『レクイエム』と言いながら、人一人の一生を最初から最期の時まで、丁寧に描いているような曲に聴こえるのは、なぜだろう?
苦しみながら生きてきて、ほんの時折、休息のような天使の高音が鳴る。そして、最期は、そのようにして生きてきた尊い命を、天に突き上げるように、差し出すように、召されていく。
「出来たよ! 熊!」
彼がチェーンソーで彫った熊は、デッカくて、ゴツかった。
「なんか、あんまりかわいくないね」わたしは、ちょっとクスッとした。「うん。なんか、俺、コイツ嫌い」彼の顔が曇った。
ゴッツゴツの木彫りの熊を、暗い目で見つめる彼。
こんな彼の表情は、初めて見た。
つづく