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命のともし火の巻
「雅哉さん...」
わたしの彼、雲坂雅哉は、わたしの隣の住人で、動物木彫りアーティスト。
4日前から、体調を崩し、いまは、もはや、虫の息とでもいいましょうか...
「どうして、こんなことに...」
「どうしてもこうしても、お仕事だからにぃー」
「ん? んんん?」
わたしは、目を凝らして、彼の暗いベッドを見た。
シャカシャカシャカと、それは音を立てていた。
「ふんぎゃあああああっ?!」
わたしは、ひっくり返った。
「ど、どうしたんだい?!」
月浜可憐が慌てた。
「ま、ま、雅哉さんの肩に、で、デッケェ〜ゴ、ゴキがっ?!」
わたしは、目を伏せて、指差した。
「なんだって?!」
月浜可憐は、デッケェ〜ゴキに、顔を近づけた。
「んんん? おまえさん、流しのサブかね?」
「ヘェ。お久しぶりでやんすにぃー」
わたしは、変な会話に耳を疑った。
「サブ! なにしてんじゃ? おまえさん、付喪神のバイトはどうした?」
「ヘェ。付喪神のバイトは、時給が安い上に、交通費が出ないでやんすにぃー。いまは、死神のバイトに転職したんでやんすにぃー」
わたしは、両目をこすり、会話をしている2人を見た。月浜可憐とデッケェ〜ゴキが、親しげに話している。
「あんたは、まったく、仕事をコロコロ変えて!」
「面目ねぇーでやんすにぃー」
月浜可憐が、わたしを振り返ると、
「こいつね、流しのサブって奴で、武田家隠密の子孫。いまは、歌手を目指して、ギター一本で全国の赤提灯で流しの営業してるんだが、それだけじゃ食ってけないってんで、バイトもしながら夢追っかけてる状態なんじゃ。で、いまは、死神のバイトしてんじゃとさっ」
黒光りのマントを頭から被り、顔だけ出した不気味な男は、軽く会釈した。
「武田家の隠密が、なんで、流しやってて、いまは、死神やってんのよっ!!」
わたしは、流しのサブの胸ぐらをつかんだ。
「ヘェ、ダンナ。神のバイトも不景気でして。ようやっと面接までこぎつけても、なかなか受からないんでやんすにぃー。まあ、受かるとしたら、こんな死神みたいなブラックバイトしかないんでやんすにぃー。しかも派遣でやんすにぃー」
流しのサブは、不本意そうに、前足をシャカシャカしながら言った。
「ギターの腕前は、一品もんよぉ〜。なあ、サブ! なんか、一曲弾いておくんな!」
月浜可憐は威勢良く江戸っ子喋りで言った。
「じゃあ、南部牛追歌をひとつ。ええ、やらさせていただきやんすにぃー」
流しのサブは、背中のギターを前に抱え直すと、ゆっくりかき鳴らしはじめた。
「いなか〜 な〜れ〜ど〜も さ〜は〜は〜え〜え〜♫」
「これ、ギターで弾く曲?」
わたしが、シラっと2人を見ると、月浜可憐は、目を瞑って、流しのサブの演奏に聴き入っていた。
と、
「れ、玲奈... ちゃ...」
微かに、わたしを呼ぶ声。
「れ、玲奈...」
「あっ!! いけねぇーでやんすにぃー?!」
流しのサブは、南部牛追歌の演奏をやめて、慌てて、雲坂雅哉の肩に戻ろうとした。
「ちょっと!! あっち行っててよっ!!!」
わたしは、流しのサブを突き飛ばした。
「痛いっ! にぃー。なにすんでやんすにぃー!」
雲坂雅哉が目を開けた。
「ああああっ?! 元気になっちゃうでやんすにぃー?! 上司に怒られて、給料全額支払われないでやんすにぃー!!!」
流しのサブは、涙をちょちょぎらせて、わたしに向かってきた。つかさず、ゴキジェット噴射っ!!
「うーん...」
流しのサブは気絶した。
「玲奈ちゃん」
雲坂雅哉が微笑んだ。わたしが大好きな笑顔。わたしは、彼を抱きしめた。
「おいっ! サブや! サブっ!! しっかりするんじゃっ!」
月浜可憐が、流しのサブの頬をペシペシ叩いた。流しのサブは、痛そうな顔して起き上がり、
「もうこんな仕事いやだっ!!」
と、ジダンダした。
「あたしが、仕事世話してやるから!」
月浜可憐は、流しのサブを起こしながら言った。
「姉さん、恩にきますでやんすにぃーでやんす」
流しのサブに笑顔が戻った。
「あんたは、武田家の隠密の末裔なんじゃぞ! もっと自信を持たぬかっ!」
「へ、ヘェでやんすにぃー」
「貧乏神のバイトなんてどうじゃろか? すぐに紹介できるんじゃが?」
「ヘェ!! 食ってけるなら、何でもしますでやんすにぃー」
月浜可憐と流しのサブは、楽しそうに会話しながら、雲坂雅哉の部屋を出て行った。
わたしは、彼の唇にキスをして、彼のお布団の中に入った。そして、彼の胸に耳をあてた。
ドクッドクッドクッドクッ...
確かに、彼の心臓は動いている。
わたしは、ワンピースの裾を引っ張り、腕を抜いて、首を抜いて、床に落とした。
彼は、わたしの髪を撫でてから、わたしの肩に触れ、胸に触れて、わたしを抱きしめた。
わたしの真ん中が疼いた。
命のともし火がまた...
つづく