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第12章 惨めな気持ち

「最近のマリーったら、ブサイクになってきた!」

マリーが、アイスの棒で作ったブランコに乗りながら、プイッ!として、ポポ子が言った。

「意地悪の中にいるから、わたしも意地悪になっちゃった...」

ポポ子がブランコをとめた。

「せっかく界が抱きしめてくれたのにね! せっかく大好きな界が、バックハグ!!」

ポポ子は、ニヤニヤしながら、またブランコを漕ぎ出した。

だって、界には、年上のおじさんという彼氏がいるんだもん。。マリーは、両手で顔を覆った。

そう、あれは忘れもしない去年のクリスマスの日。暇を持て余したマリーは、何を思ったか、一人、銀座の街に繰り出したのだった。

恋人なし、仕事なし、こんなクリスマスの日には、友達もなしな、なしなし尽くしの惨めったらしい女が、クリスマスの銀座へ行こうと思ったのには、訳などなかった。ただ、悶々と、狭い部屋で、楽しいクリスマスの街を映すワイドショーにも嫌気がさし、知らず知らずに口ずさんでしまう、ユーミンの歌にも、うんざりしていたのだ。

なんだか、人恋しくて、寂しくて、ワイドショーで映っていた銀座の街は、人で溢れて賑やかで。

気が付いたら、有楽町線に乗っていた。

高級そうなお店のショーウィンドウに映る、野暮ったい女。

みんなオシャレして、グッチやビトンやマックスマーラや。

「グッチって、英語でああ書くんだ!グッチって英語だっけか?」

なんて独り言言って、ロフトや無印良品やユニクロで、ホッとひと安心しながら、入浴剤なんかを手に取り、いい香りに癒されていたマリーの目に飛び込んできたのが、ロフト一階の窓ガラスの外を、腕を組んで歩くカップル。

まるで、フランスの映画のように優雅に微笑み合う2人。背の高いダンディなおじさまの腕に、自分の腕を絡ませて、幸せそうに何かを話している新地界。

「?!...」

マリーの手から、日本酒の入浴剤が落ちた。


「そんなことがあったのね...」

ポポ子は、ピョンとブランコから降りると、フワッフワと歩いて、マリーの手のひらに座った。


マリーにとって、しあわせ園での勤務は、苦痛以外のなにものでもなくなっていた。朝から晩まで、職員の口から吐き出される、利用者の悪口。特に界の悪口が多いのだが。あとは、いない職員の悪口。坂口さん、境さんの悪口はもちろん、給食室の調理さんの悪口。看護師さんの悪口。一緒につるんでいると思われるが、園長が休みでいなけりゃ、園長の悪口。東堂さんが、主任に、楽しそうにコソコソ告げ口している後ろ姿を見ていると、マリーは、天井を見上げて、神を睨みたくなる。

「慈善の世界で、本当にいい人なんて、いるんだろうか...」


最近、昼休みは、坂口さんと一緒に、公園でランチ。

「大丈夫かな?また言われちゃわないかな...」

坂口さんは、そればかり気にしている。

「なにか言われた?」

マリーは、コンビニのシャケおにぎりを頬張った。

「ううん。なにも言われないけど、なんか、見張られてるみたいな気がして...ダメだね、すっかり被害妄想...」

そう言うと、坂口さんは、ちょっとだけ笑った。本当は、笑えないのに、無理して笑っているような顔して。

「わたしと一緒にいると、坂口さんが被害被るかな?」

マリーは、坂口さんの顔を覗き込むようにして言った。

「そんなことない! わたしも、十三さんとおしゃべりしたいもの。おしゃべりしなきゃ、やってらんないよ、あんなとこ...」

坂口さんは、慌てて首を振りながら、だけど、不安そうに話していた。そして、足元の蟻の行列をジッと見つめていた。

「わたしさ、最近、職場で、電話も出られなくなったの。なんだか怖くなっちゃって。ずっと、おまえはダメだ、仕事できないバカだみたいに、言われ続けてるから、職場でなにか言葉を発するのも怖い。聞いてる人にまた何か言われるんじゃないかとか、電話の相手の方が、わたしをダメな奴と思うんじゃないかとかさ。ダメだね、わたし...」

坂口さんが、クスッと笑った。マリーは、坂口さんの目が笑ってないのを分かっていた。

続く


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