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彼がいない... の巻

わたしの彼、雲坂雅哉は、わたしの隣の住人で、動物木彫りアーティスト。。だった。

彼が、わたしの中に入ってから、数日が経った。

彼は、わたしの中で生きてはいるが、わたしは彼には会えない。

会えないんじゃ、いくら生霊とはいえ、死んじゃったも同然だ。

けれど、わたしの祖母兼シャーマン師匠の月浜可憐と、その友達で高尾山の烏天狗、役牛角禅師は、彼に会い続けている。あれから、ほぼ毎日。

2人の話によれば、彼は元気だという。

わたしは、目を閉じて、わたしの中の彼に話しかけるが、わたしがわたしである時は、彼は眠ってしまっているのか、全く返事がないのだ。


「雅哉よ。どうやったら、玲奈の体から出れるんじゃ?」

月浜可憐は、恨めし顔で見上げた。

玲奈は困惑しているように、黙っている。

「そもそもがぁ〜、まさくんはぁ〜、なんで生霊になんか、なってしまったのかしらん? 生霊になるってことは、相当の何か執念というかぁ、怨念というかぁ。いったい何があったのかしらん?」

烏天狗は、顎に右手を当てて悩んでいた。

玲奈は、両手の拳を固く握り締めて、その場に立っていた。

「俺のせいで、玲奈ちゃんは...」

「酷なことを言うようじゃが、事実だから、あえて言うんじゃが、あんたが生霊として、玲奈の体に取り憑いている限り、玲奈の体力は日々、消耗していく。このまま、この状態が続けば、玲奈は...」

月浜可憐は、そこまで言うと、俯いてしまった。

「なんで俺なんか。俺なんか死んでしまえばいいのに! 玲奈ちゃんを苦しめるくらいなら、死んでしまいたい!」

玲奈の目から涙がこぼれた。

「バカっ!!!」

と同時に、玲奈の頬が弾かれた。玲奈の顔が歪んだ。烏天狗が、自分の右手を押さえていた。

「ごめんね」

と言いながら、烏天狗は、玲奈の頬を優しくさすった。そして、

「玲奈ちゃんは、あなたにとても会いたがっているのよ。辛くても、苦しくても、あなたは、いまの状況を突破して、玲奈ちゃんに会わなくてはいけないの。死ぬなんて、そんなことに逃げてはダメよ。あなたのやるべきことは、死ぬことじゃない。生きて、玲奈ちゃんに会うことなのよ!」

と言った。

玲奈は、烏天狗を見つめると、また涙をポロリと流した。


夜、わたしはまた、同じ夢を見ていた。

あの森を、また歩いていた。

「雅哉さん?」

ずっと前の方に、大好きな背中が見えた。わたしが大好きな人だ。

「雅哉さん?」

彼は、全くこちらを振り返らずに、どんどん先へ歩いて行ってしまう。

「雅哉さん!!」

半ば、悲鳴のような声で、彼を呼んだが、彼とわたしとの距離は、どんどん広がっていき、わたしは、彼に全く追いつかないのだ。

そして、彼の姿は深い森の中に消えていった。

「雅哉さんが、いなくなっちゃった...」

わたしは、その場に崩れ落ちた。カサカサした落ち葉達が、わたしにチクチク刺さってきた。

これも夢なのか。また起きたら、わたしは、葉っぱや泥をつけているのか。

夢の中で、そう考えていた。


つづく

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