憎しみの眼の巻
わたしの彼、雲坂雅哉は、自分が彫った木彫りの熊を、暗い目で見つめていたかと思うと、突然、チェーンソーを振りかざし、熊の右腕に突き刺した。
「きゃああああっ!!」
わたしは、悲鳴とともに、両手で顔を覆った。
しばらく、シーンとした。
「ごめん」
彼の声がした。
「ごめんね」
わたしは、顔を上げた。彼は、熊の右腕の傷を撫でていた。
そして、彼は、チェーンソーに目をやった。
チェーンソーを見つめる彼の目は、怒りと憎しみと哀しみの眼をしていた。
「ウーッ!! アンアンッ!!(雅哉さん!!やめて!!)」
「玲奈ちゃん?」
「アンアンッ!!」
「玲奈ちゃん?! どうしちゃったの??」
「ウーッ!!」
彼は、わたしの目線がチェーンソーにあることに気付き、
「玲奈ちゃん、大丈夫だよ。ごめんね」
と言いながら、わたしを抱きしめた。
「キュウ〜ン」
遠くなる意識の中で、ニコちゃんの声がしていた。
暖かい春の土手に、たくさんのたんぽぽが咲いていて、ニコちゃんがピョンピョン跳びはねて遊んでいる。
「ニコちゃ〜ん」
わたしは、ニコちゃんを呼んでいる。ニコちゃんは、わたしを見つけると、嬉しそうにこちらに向かって走ってきた。
そして、わたしに飛びついてきて...
「玲奈ちゃん! 玲奈ちゃん!」
ビジュアル系バンドメンバー風なメイクをした彼の顔が、薄っすらと見えてきた。
「玲奈ちゃん、ごめんね」
ビジュアル系バンドメンバー風な彼の目から黒い液体が流れていた。
「玲奈ちゃ〜ん」
そう叫ぶと、彼はわたしの首筋に顔を埋めた。
つづく
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