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わたしの大切な人。

第一回目の詩が公開されたあの日以来、わたしは廊下に出ると具合が悪くなるようになった。だって、あんな悲惨な文章。。早苗先生が、誰かに手伝ってもらってはダメよ! って言うので、自分だけの力で、一生懸命ひねり出してはみたものの。。

6年4組の廊下に貼り出された、みんなの詩。その向かって右から3列目の真ん中に、わたしの詩がある。題名は『花』。題名からしてもう、ひねりにひねったわりに、全く出てこなかったんだな、この子。。って感じがするでしょう? 全くその通りなのだ!

『花はなぜ散るのだろう。

さくらの花が散ると寂しい。

そして辛い。

だってみんなとお別れだもの。

そして、さくらが散り終わると、さくらの木に大量の毛虫。

木を少しど突いただけで、バサバサ落ちてくる。

あそこの掃除当番は地獄だったな。』

おわり。

まずだいたいが、桜の花が咲くのは入学式あたりで、卒業式あたりは咲いていたとしても、まだ散らない。そして、俳句と勘違いしている。無理して季語を入れようとしたから、この結果。毛虫の件は、コメントする価値もない。

これが、わたしの兄の講評。

兄に、書き直せ! と再三言われたが、わたしは言うことをきかなかった。だって、この先、何個も詩を書かなきゃならないのに、いちいちその度に書き直してるのも無意味な気がしたから。詩は直感が大事なの!! わたしは、兄に言い張った。

この詩の公開については、6年生全クラスで実施しているらしく、卒業までの、小学生最後の思い出づくりといったところだろうか。

けれど、わたしのような文章が苦手な児童にとっては、はた迷惑極まりないったらありゃしない企画だ。しかも、詩集なんかにされたら、下手したら、一生残ってしまう。

相変わらず、雅哉くんは、手紙の返事をくれない。

返事はくれないけれど、相変わらず、ニコニコあの笑顔でわたしに笑いかけてくる。わたしがそれに対して無表情を返しても、昨日なんかは、あの女子集団にバレないように、小さくあっかんべーっ!をしてみても、変わらずニコニコ笑いかけてくる。

もしかして?

わたしに笑いかけているわけではないのかな? もしかして? と、わたしは後ろを振り返る。わたしの後ろに誰もいない。いや、いる。佐伯が。。

「なんで、いっつもいっつも、金魚のう◯こみたいに、わたしにくっついてるのよっ! 紛らわしいからやめてよっ!」だって、佐伯くんが、わたしの側にいたら、もしかしたら、雅哉くんは佐伯くんに笑いかけてるのかもしれないんだしっ!!

「心配なんだよ!! おまえらのことが!!」佐伯くんは言うけども、「迷惑!!」と、わたしはプリプリしながら教室に戻った。


リビングで、来週の詩の構想を練っていた。「ごめんねー!! 急な残業になっちゃってさぁ」母が急いで帰ってきた。「あらぁ!! 雪ちゃん、カレー作ってくれてたのぉ!! ありがとう!!」母は、わたしの顔を抱き寄せると、ホッペにチュウをした。小さな頃から、母はわたしら兄妹にこうして愛情を与えてくれていた。

父は、わたしの2歳の頃の記憶ではっきりはしていないけれど、お酒の匂いがしない時は優しい父だった。くたびれたカラー写真の記憶では、父がわたしを膝に乗せてブランコを漕いでいた。お酒の匂いが臭いほどしていた時の父の足には、いつも兄がしがみついていた。父は大きな声でなにかを言い続けていて、食器棚のお皿やコップが割れた。かすかな記憶の中で、わたしは、母の頬に絆創膏を貼っていた。母の濡れた頬の冷たい感触が、いまもまだ、わたしの右手に残っている。

「海斗は?」「海斗兄ちゃんは、今日、ビンビンの日!! 賄い食べてくるって!!」兄は、高校生になった日から、駅前のビンビンというラーメン屋でアルバイトをしている。その老舗ラーメン店は、わたし達がこの町にやってきたその日に食べに行った、わたし達家族にとっては思い出の店で、外観も店内も古びているが、味は絶品!! 特に兄は、「ビンビン以外のラーメン屋は、ラーメン屋を名乗るんじゃねぇ!!」と言うくらいに、小さい頃からハマっていた。

おやじさんとも、小さな頃からの顔なじみだし、兄の中学卒業祝いに、ビンビンで家族3人で食事した時、兄がおやじさんに履歴書を渡したら、おやじさん号泣。兄の頭をグリグリなでくりまわして、もちろん採用。

「ただいま〜」ラーメン大好き海斗さんが帰って来た。兄は帰ってくると、すぐにキッチンに立ち、弁当箱を洗いながら母と話を始める。チョーマザコン。

「あ!! そーだ!! そう言えば、今日、俺の店に変なヤツが来たんだよ!!」兄は、雇われている身なのに、ビンビンを俺の店と語る。「俺が賄い食ってたらさ、ランドセル背負ったヤツがいきなり隣に座って来てさ」兄はそう言いながら椅子に座ると、つまようじで歯をシーハーシーハーやり出した。

わたしは、兄のことは大好きだし、尊敬しているが、この癖だけは、どーしても受け入れられない。わたしが嫌そうな目で兄を見ると、兄はニヤッとした。「さっきも賄い食い終わって、こうやってやってたわけ! そしたらよ、そのランドセル背負ってラーメン食ってたヤツが、いきなり目の前の楊枝入れから、こうガバッと束で楊枝とってよぉ、こう、歯ブラシみたいにして、シーハーシーハーやり出したわけよ!」

兄は、シーハー終わると、お茶を一気に飲み干した。これも、わたしは許せない。昭子さんに今度言いつけてやるわ! 「でよ、そいつ、俺をじろっと見るわけ。アイツ知り合いだったっけ? 少年サッカーにいたヤツかなぁ?」兄は腕を組んで宙を見上げて考えていた。とか思ったら、いきなり吹き出して。

「でさ、いきなり怖そうなおばちゃん入ってきて、そいつの首根っこ掴んで『こういうところに一人で来ちゃダメだって言ってるでしょ!』とか怒っててさ。おばちゃんがそいつを店から引きづり出そうとしたら、そいつが俺の手に500円玉つかまして来てさ。『釣りはいらねぇ』って。あと80円足りなかったけど、おやじさん、まっ、いっか! って」

兄は、しみじみした表情で、「あいつ、ラーメン食ったことなかったのかなぁ。食ってる時、目キラキラさせてたよ」と、一人で頷いていた。

「あっそ」わたしはまた、頭を抱えながら詩の構想に戻った。

続く

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