愛してはいけない人の巻
「5月2日土曜日、晴れ☀️
今日も、雅哉さんのことが大好きなわたしが、
わたしは大好きで、雅哉さんをずっと見てたいで
す。 おわり 」
「よしっ!と」
わたしは、ペンを置き、日記帳を閉じた。
「なんつー稚拙な文章」
後ろで月浜可憐の声がしたかと思うと、日記帳が奪われた。
「ああっ!! 返してよ!!」
「ええと、なになに? 『4月29日水曜日 晴れ☀️ 今日は、雅哉さんとお部屋でずーっと一緒。雅哉さんが木彫りをしてるのを見てました。おわり 4月30日木曜日 晴れ☀️ 今日は、ずっと雅哉さんが寝ているのを見てました。かわいい寝顔でした。 おわり』 なんじゃ?! これはっ!!」
月浜可憐が、日記帳を突き返してきた。
「うるさいなぁ! わたしは、雅哉さんのことが大好きと思ってる時が、一番幸せで、自分のことが好きになれるのっ! いつもは、自分が嫌いだけど」
わたしは、日記帳を抱きしめて口を尖らせ、月浜可憐に反発した。
「なぁんで? なんで、自分が嫌いなの?」
白塗り厚化粧のわたしの祖母兼シャーマン師匠の月浜可憐は、わたしの顔を覗き込んで言った。
わたしは、ちょっとモジモジしながら話し出した。
「だ、だって、わたし、顔があんまりかわいくないし、こんなにおデブで、声もガラガラ声だし、鼻炎でいつも鼻詰まってて、猫背だし、背も小さいから、いつもユニクロの上の方のシャツ取れないで、店員さん呼ぶし、意地悪とかされると、すぐにやり返したくなるし、むかつくことあると、ずっとイライラ止まらないし、最近白髪も出てきてるし、ストレスで10円ハゲできたかもだし」
「はいはいはいはい。あんた、よくそんだけ短所をつらつら並べられるね! しかも即興で! すごいよっ! それが、玲奈の才能!!」月浜可憐は、拍手をした。
わたしは、月浜可憐を横目でシラっと見ると、「はあ〜」と深いため息をついた。
月浜可憐は、そんなわたしの肩に手を乗せると、
「そんな短所だらけの玲奈のことを大好きでいてくれる雲坂さんは、今日は何してるかな?」と、わたしのご機嫌をとるように言った。
「雅哉さん、いま、体調崩して寝込んでるの。4日前から、少し元気がなくて...」わたしがまたため息混じりに言うと、
月浜可憐は、「なんだい? なんか悪いもんでも食ったかい?」と言って、さっさと部屋を出て行った。
雲坂雅哉は、わたしの彼、わたしの隣の住人。
月浜可憐とわたしは、彼の部屋のドアノブをひねった。
「空いてる...」月浜可憐が、コソコソ声で言った。
玄関に入った瞬間、お線香の香りがむあっとした。
いつもどおり、ラジカセから『ラクリモサ』がかかっている。そして、ブツクサブツクサかすれ声が聴こえていた。
「雅哉さんっ?!」わたしは、暗闇の中を走り、ベッドに飛びついた。
彼はうわごとのように、「ぼ、ぼくら...は...みん...な...生き...て...」と歌っていた。
「こ、こりゃ、重病じゃないか?!」月浜可憐が、彼のおでこに手をあてた。「冷たい...」
月浜可憐は、彼の顔に自分の顔を近づけた。
「ちょっと!! 何するのよ!! わたしの雅哉さんよっ!!!」わたしは、月浜可憐の厚化粧顔を跳ね除けようとしたが、逆に月浜可憐に突き飛ばされた。
「イッターいっ?!」
「死臭だ...この臭い、前より強くなっておる...」月浜可憐は、彼の首筋や腕や手のひらやをクンクン嗅ぎながら言った。
「え?」
「玲奈! 日記を書き始めたのはいつからじゃ?」月浜可憐が真剣な顔で言った。
「え?」
「だから、雅哉さん大好き日記をつけ始めたのは、いつからじゃ?」「よ、4日前...」
「やっぱり...」月浜可憐が立ち上がった。そして、わたしに歩み寄ると、
「いいか、よく聞け! 玲奈。おまえは、もしかすると、人の死期を感じ取る能力があるのかもしれない。おまえが日記を書き始めた日から、雅哉の体調が悪くなった。そして、近いうちに、雅哉は死ぬじゃろう...」
「え?」
月浜可憐の顔は、冗談顔ではなく本気顔だった。
「おまえが、愛して、強く思う相手について、おまえは、その相手の人生を、知らず知らずして、予言してしまってるのかもしれない...。シャーマンの中でも、特に珍しい能力の持ち主だが、一歩間違えれば、恐ろしい力になる...」
「わ、わたしのせいで、雅哉さんが...?!」
月浜可憐が頷いた。
「そんなのいやあああああっ!!」わたしは、頭を抱えて、その場に倒れこんだ。
つづく