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ズッコケちゃったけど、立ち上がるしかないよ㊙大作戦

夢がまた一つ散った。

もう終わりだ。こうなったからには、違う道に進むしかない。

そう、この夢が叶わなかった場合にとっておいた、もう一つの夢。

それは・・・


「何バカなことを言ってんだよ」

駄菓子屋の店先にあるケースから、アイスキャンディーを取りながら、雅弥は、ツンとした顔でこう言った。

「もうそれしか道はないの。ねぇ、お願い!」

わたし、月原舞も、同じくアイスキャンディーを取りながら、雅弥にこう願った。


海谷雅弥は、わたしの一つ年上の男の子。小さな頃からずっと一緒の幼馴染だ。

二人が中学生になった現在、たった二人だけの部活動、「文学部」を結成し、大活躍。

いや、大活躍しているのは、雅弥だけ。

雅弥は、なんと、この夏、小説家としてデビューした。

中学生の小説家として、雑誌やテレビに引っ張りだこだ。

だけど、当の雅弥は、そんなことに全く興味がない様子で、せっかくのテレビに出ても、いつものようにぶっきらぼう。


そんな雅弥は、わたしがまだ幼稚園児だった頃、プロポーズをしてくれたのだ。

同じ幼稚園に通うわたし達は、赤ちゃんの頃からずっと一緒だったように、その時も、ずっと一緒だった。

一つ年上の雅弥とは、お弁当を食べるときも、お遊戯のときも、紙芝居の時間も、お歌のときも、離れ離れだったけれど、園庭で遊ぶ時は、ずっと一緒。体操クラブのときも、ずっと一緒だった。

けれど、そんなわたし達が、本当の意味で離れ離れになる時、それは、一つ年上の雅弥が、小学生になる時だった。


ロケット滑り台の下で、みんなから隠れるように、わたし達はキスをした。

雅弥が、わたしのほっぺに、ヒヤッとしたんだ。

それが、わたしのファーストキスだった。その上、雅弥からプロポーズされたのだ。

「俺が、小学生になっても、ずっとずっと舞のことを愛することを誓います」

雅弥は、そう言って、わたしの手をぎゅっと握ったのだった。


雅弥は、わたしがものごころついた時から、本を読んでいた。最初の記憶は、雅弥がわたしに読み聞かせてくれた絵本。

エッツの『わたしとあそんで』

その後も、わたしの隣の雅弥は、いつも本を読んでいた。幼稚園児にも関わらず、絵のない、字がたくさんの本を読んでいた。

だからか、幼稚園の年長さんになった頃には、雅弥はメガネをかけ始めた。


その影響からか、わたしも本が好きになった。

雅弥が読んでる本は、全部借りて読んだ。

雅弥は、自分がもう読まなくなった本を、わたしにくれた。

その本を開くと、メモがいっぱい。

雅弥は、作家の書いた文章の横に、自分なりの感想や意見を書き込んでいた。

わたしは、そのメモを読むのがとても好きだ。

はっきり言って、作家の文章より、雅弥のメモの方が面白いし、魅力的だからだ。


雅弥の書く文章は魅力的。

わたしの見立ては間違っていなかった。

小学4年生から、小説を書き始めた雅弥は、それを出版社の新人賞に送り続けて、中学2年生のこの夏、見事大賞を受賞。

小説家としてデビューしたのだった。


「わたしと結婚して!」

わたしは、雅弥の腕を掴んで、涙ぐんだ。

部活からの帰り道は、セミも鳴かないくらいに暑かった。雅弥の腕も汗ばんでいた。手に持つアイスキャンディーからは、黄緑色の雫が落ちて、アスファルトの暑さで、瞬時に蒸発した。

「おまえ、バカなこと言ってんなよ。まだ結婚できないだろ。俺ら中学生だぞ」

雅弥は、呆れたようにそう言って、だけど、涙ぐむわたしを覗き込むと、わたしのほっぺを優しくつねって、

「先生が死んだからって、夢諦めんなよ! アイス溶けてるぞ」

と言って、にっこり笑った。


そんなこと言ったって・・・


この東京オリンピック開幕の前日、先生が死んだ。

文学教室で、先生に握手をせがんだ時、先生は、柔らかい手でわたしの手を握ってくれた。

わたしは、先生にこう言ったんだ。

「先生! わたしが小説家になったら、わたしの小説を読んでください!」

そうしたら、先生は、にっこり笑って、

「そんなには待てんよぉ」

と、言ったんだ。


涙がどっと溢れた。

「結婚してよ! プロポーズしたじゃない! 嘘つき!」

わたしは、雅弥の腕を更に強く掴んで、それをブンブン振った。アイスキャンディーを食べ終えたら、アスファルトの照り返しが、更にきつくなった。空気も薄く感じる。通学路沿いの空き家の取り壊し工事をしているお兄さんたちが、聞き慣れない言葉で話していた。おそらくは、「まったく、暑くて、しょうがないなぁ」と言っているのだろう。


雅弥は、哀れそうな顔で、わたしを見ていたが、

「結婚はするよ! だけど、まだ年齢的に無理なんだよ!」

と、少し厳しい口調で言った。だけど、すぐに

「おまえ、ちょっと頭が混乱してるんだよ。急なことだったから・・」

と優しく言って、わたしの頭を撫でた。わたしは、

「わたしは、先生に読んでほしいから書いてきたんだ。先生が死んじゃったら、わたしは、なんのために書いたらいいの? 天国で見てる? 見てないよ! 死んじゃったら、もう、文章読めないよ! 目も耳もなくなっちゃうよ! 手も! 握手してくれた手も! 声も! 優しいおじいさんの声も! もう聞けないよ!!」

そう言って、その場にうずくまった。

腕に、ジリジリと太陽が照りつけていた。


「なんにもなくなったよ。夢が全部消えちゃった・・」


雅弥からもらった本の中に、先生の本があった。

分厚いその本の題名。

『ズッコケ㊙大作戦!!』


主人公の男の子たちが転校生の女の子に恋するおはなしだった。


その女の子に初めて出会ったのは、スキー場だった。

スキード素人の男の子たちは、その女の子の華麗なスキー技術と美貌に一目惚れ。

その女の子が、いきなり転校生としてやってきた。

女の子は、すぐにクラスの人気者になった。

だけど、実は、その女の子、嘘つきだった。


わたしが夢中になって、一気に読んだ本だった。女の子がどうなってしまうのか、女の子が嘘をついていると分かった後の、男の子たちの行動も気になった。

雅弥は、この本にもメモをしていた。

「これは、愛情なのか? 同情なのか? 僕は、モーちゃんは彼女の表面上のことや、彼女の嘘より、もっと彼女の奥の方を見ているのだと思った。僕は、これは、愛情だと思う」


わたしは、その時、小学4年生だったけれど、胸がドキドキした。その本を、ぎゅうっと抱きしめた。

こんなことを書く作家さんを尊敬したのと同時に、この本について、こんなメモを書く雅弥のことも尊敬したのだった。


雅弥は、わたしが6歳の時に、わたしのいいなづけになったけれど、その意味について、そんなに深くは考えていなかった。

結婚と言っても、いつも一緒にいる雅弥との、この生活が永遠に続く。ただそれだけのことのようにしか感じていなかった。

けれど、わたしは、あの時、初めて雅弥に恋をしたんだ。


そのきっかけを作ってくれた本を書いた先生。那須先生。

那須先生に会いたくて、文学教室に参加した。先生が講師として来ると、ネットに載っているのを見つけたからだ。

先生が講義でおっしゃっていたこと。それは、「とにかくは書くこと! 書き続けること!」


雅弥のやっていることは、何でも真似するわたし。

雅弥が小説を書くようになったら、見様見真似で、わたしも自由帳に書き始めた。

最初は、日記みたいな文章だったけれど、そのうち、一つの物語が出来た。

皮膚病を患った女の子が、原爆投下前の広島で暮らす母子と、現代の広島で出会うというおはなし。

これも、那須先生の本を読んで、ヒントを得たものだった。


雅弥の真似して、わたしも文学賞に応募している。

箸にも棒にもひっかからないけれど、文章を書くことは楽しい。

とにかくは、書くこと。書き続けること・・・


空の色が変だった。


「雲がピンク色・・」

雅弥が鼻をすすった。そして、

「おまえさ、俺のこと、保険にしてないよな?」

と、不安そうに言った。

「え? 保険て? わたし、難しいこと・・・、分からない」

わたしは、ポカンとして返事した。そして、

「だけど、小説家がだめなら、雅弥との結婚しかないと思った」

と言った。

「ん? ん? いや、ちょっと待て・・・。ん?」

雅弥は考えていた。


雲が光った。

「雲が光った!」

薄い水色の空に、ピンク色の雲。その雲が金色に光った。

「もしかしたら、天国はある?」

わたしは、雅弥の方を見た。雅弥は、

「あるかどうかは分からないけど、見てると思ったほうがいいかも・・」

と、空を眩しそうに見上げていた。


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