誤算か本望か の巻
わたしの目の前に座るは、何を隠そう、あの幕末の有名中の有名人。
「きゃああああっ!! 近藤勇ぃぃぃっ!!」
わたしと月浜可憐の目はハート。
腕を組み静かに座る、ガッチリ体型のイケメン武士。
「さ、触っていいですか?」
わたしは、羽織の袖からムキッと出ている近藤勇の太い腕に、そおっと触れてみた。
「きゃあああああっ!! 固い!! 筋肉すごいっ!! 一度触ってみたかったんだよー!! まさか叶うとは!!」「あんた、なに、失礼なことやってんだよ! すいませんねぇ」と言いながら、月浜可憐も、ちゃっかり近藤勇の腕を触った。
「さすが、剣豪の腕はちがうねぇ」
ビクとも動かず、瞑想するように座っている近藤勇に、わたし達は見とれていた。
近藤勇は目を開けると、わたし達を見て少しだけ、ニコッとした。そして、両手を自分の顔に持っていくと、
「ぎゃあああああああああっっっ?!」
「うーん...」月浜可憐は気絶した。
「今日、処刑された日だから」近藤勇は、自分の胴体に、頭をガシッとはめ込むと、そう言った。
「あなたは、気絶しないんだね」近藤勇は、気絶した月浜可憐を覗き込みながら言った。
「はい。びっくりはしたけど、わたし、ほら、アラレちゃんとか見てきた世代なんで、そういうのは慣れてるっていうか」わたしは上目遣いで、近藤勇を見ながら、モジモジ恥ずかしそうに言った。
近藤勇は、「そうかそうか」と頷くと、窓を開けた。「ここら辺は、前に通ったことあるんだよ」と、遠い目をして言った。
「そうですね。甲州勝沼戦争の時に通りましたね」わたしは、まだモジモジしながら、近藤勇を見上げていた。
「あれは、酷い戦だった。だいたいが、戦にならなかったからな。まあ、今更こんなこと言っても仕方ないけどね」近藤勇は溜め息をついて、また座った。
近藤勇は、穏やかそうな人物で、ニコニコこちらを見ている。本に書いてあるとおりなんだなって思いながら、わたしは、
「ず、ずっとファンでした」とモジモジして言った。「ファン? とは?」近藤勇が目を見開いて言った。「好きという意味」わたしは自分で言って、顔を赤らめた。
「あ、あの...、処刑されちゃう時、やっぱり怖かったですか? 首、生きたまま切られるのなんて、想像しただけで、怖いし、可哀想だし、涙が出ちゃう」わたしは、涙を拭った。
近藤勇は、まだ穏やかな表情で座っており、だけど、しばらく黙って何かを考えているようだった。
「近藤勇さんは、徳川家を守るために処刑されたって、本には書いてあったけど、他人のために、自分の命が奪われるって、わたしは、理解が出来ない。しかも、徳川家は、自分の家族でも何でもないし、申し訳ないけど、近藤勇さんを見捨てた人達なのに」わたしは、思わずそう言ってしまい、口を押さえて、「ごめんなさい」と言った。
近藤勇は、組んでいた腕を、また組み直し、「うーむ」と考え込んでいた。
「誤算だったのか...、本望だったのか...」
近藤勇はそう呟くと、ゆっくりと消えていった。最後まで、穏やかな顔だった。
つづく