高天原出身です! の巻
コトコトコトと、お鍋の音。
懐かしい...。中学の帰り道で嗅いだ、よそのおうちの夕ご飯の匂いだ。
硬いベッドで、うつ伏せでいるわたし。感触がなんとなく頼りない。
「起きたのかい?」
月浜可憐の声。
「いったい、どうしたってんだい?」
月浜可憐の声は近い。
深い眠りから覚めたようだ。口の周りはよだれでベトベト。
「はやく、洋服を着な! なんだって、そんなスッポンポンで寝てるんじゃ?」
「え?」
わたしは、うつ伏せから少し起き上がり、覗いてみた。あら、ほんとだ。
「雅哉さんは?」
「知らんよ。あんた、ひとり、雅哉の部屋で爆睡だったよ」
月浜可憐は、3つのお鍋をオタマでまぜまぜしながら言った。
「そう。どっか買い物行ったかな?」
わたしは、床に落ちてた下着に手を伸ばした。
「今日の夕ご飯は、カレーに、肉じゃがに、ポトフに、ジャーマンポテトに、ポテトサラダよ!」
フリフリのエプロンをつけて、ウキウキしながらお料理をしている月浜可憐が言った。
「はあ?! 全部の料理が、だいたい同じ材料じゃん!!」
わたしは、黒のロングワンピースを被りながら文句を言った。足の裏に少しだけ痛みを感じた。
「ん? 足の裏に泥と葉っぱ?」
「だって、この家、じゃがいもとにんじんと玉ねぎだらけじゃよ!しかも、じゃがいもからは、芽が出ておったでな」
月浜可憐は、ヘラで、茹でたじゃがいもを潰しながら言った。
彼の部屋の黒いテーブルに並べられた、月浜可憐のじゃがいも料理。
わたしは、まずは、ポテトサラダを。
「うん! これ! お母ちゃんと同じ味!!」
わたしがそう言うと、月浜可憐は、顔をぐしゃっとして、嬉しそうに笑った。
「そりゃ、そうだでよ。あんたのお母ちゃんは、わたしの娘だでな。あんたも、この味を受け継ぐんだよ」
月浜可憐は、入れ歯を鳴らしながら、嬉しそうに、ポテトサラダを食べていた。
「ほんとに、うまいっすよ!可憐おばあさん」
「は?」
「これ、うまいなぁ」
月浜可憐の箸が止まった。
「あんたは、誰じゃ?」
月浜可憐は、玲奈の顔に、自分の顔をグインと近づけた。
「なんすか? いきなり?! 雅哉っすよ!」
「.....。」
「な、なに? 怖いっすよ! 可憐おばあさん。そんなに厚化粧で至近距離だなんて、ホラーっすよ!」
玲奈は苦笑いをした。
「お主っ! さては、怨霊か?!」
月浜可憐は持っていた箸を玲奈に投げつけ、後ろに飛んだ。
「痛っ!! なにすんのよ! ばあちゃん!!」
わたしも立ち上がった。
月浜可憐は、目を細めて近づいてきた。
「いまは、玲奈かい?」
白塗り厚化粧の月浜可憐の顔が、わたしに迫った。わたしは、たじろぎ、
「あ、当たり前でしょっ? 怖いからやめてよ!」
わたしは、ちょっとプリプリしながら、椅子に座り直し、肉じゃがに手を伸ばした。
「わあっ! 何年振りかなぁ、おふくろの味。懐かしいっす。田舎を思い出すなぁ」
玲奈は、ホクホクのじゃがいもにガブリついた。
「テメェ!! 誰じゃ?!」
月浜可憐は肩で息をしている。
「だから、さっきから言ってるでしょう? 雅哉ですよ!」
玲奈が呆れた顔をした。月浜可憐の顔が、みるみるうちに青ざめていき、
「ヒイィィィやああああアッイィィィッッ?!」
と変な雄叫びをあげたかと思うと、おもむろにスマホを取り出し、どこかにコソコソ電話を始めた。
「変なおばあさん! あれ? 玲奈ちゃん、どこ行ったんだろう? 買い物かな?」
玲奈は嬉しそうに、カレーのおかわりをしていた。
と、どこからか、ハタハタハタハタと、何かが羽ばたく音がしてきたかと思うと、雲坂雅哉の部屋のベランダに、一匹の烏天狗がとまった。
「ああああっ! 遅いよ! 牛ちゃん!!」
月浜可憐が、その烏天狗に泣きついた。
「あーら、いやだ! これでも、お化粧、いつもの半分にして、急いで来たのよ!」
烏天狗は、魅惑的な腰つきで歩きながら、玲奈に近づいてきた。
「この子が、玲奈ちゃん? あらぁ!! こんなに大きくなってぇ! 前に会った時は、まだ、おむつして、ヨチヨチ歩きしてたのにっ! 」
烏天狗は、玲奈を愛くるしそうに見つめていた。
「こんばんわっす!」
玲奈は笑顔で挨拶した。烏天狗は、目を細めて、
「可憐ちゃんから、玲奈ちゃんが、あたしんとこに来る来るって聞いてたから、待ってたのに、ぜっんぜん来ないんだものぉ」
烏天狗は、ちょっとほっぺたを膨らましてみせた。だいぶおじいさんに見えるが。
「牛ちゃん! こいつは、玲奈じゃないんじゃっ!怨霊だし、悪霊だし、祟り神じゃっ!!」
月浜可憐は、烏天狗にしがみついた。
「なにぃ?!」
烏天狗の眼が変わった。
「え? なんでそーなるの?! 俺、雅哉っすよ!」
烏天狗の眼が、キョトンとした。
「え? 可憐ちゃん! 玲奈ちゃんて?」
烏天狗は、月浜可憐に、ちょっと嬉しそうにして聞いた。
「ちっがーうっ!! 取り憑かれたの!! 男の霊に、玲奈は取り憑かれたんじゃっ!! このままだと、玲奈の体力がどんどん落ちていって、最後には取り殺されてしまう!!」
月浜可憐は、玲奈を睨んだ。玲奈はスプーンを握ったまま、ポカンとして立っている。
「ぬあーんだとぉーっ!! 貴様っ! 悪霊か?! おのれぇ!! あたしを誰と心得る!! あの奈良は葛城の高天原出身、役小角が末裔!! 役牛角禅師であらせられるぞっ!!」
烏天狗は、バサっと身を翻し、右手に持った剣を振りかざすと、ポーズを決めた。
「自己紹介で、自分を崇め奉りすぎじゃないすか?」
玲奈は、少し楽しそうに言った。
「悪霊退散っ!!!」
烏天狗は、そう叫ぶと、変な踊りを始めた。
「ヨコヨコ、タテタテ、ヨコヨコ、タテタテ、ヨコヨコ、タテタテ」
そう呪文のように、呟きながら、玲奈の周りを踊りながら回り始めた烏天狗を見て、月浜可憐は、
「これでも、大真面目にやっとるから、文句をつけられんのじゃ...」
と溜息をついた。
つづく