わたしの隣の巻
こう見えて、日々、シャーマン修行にいそしんでいる。昨日は、高尾山の滝行。今日は、横浜中華街の母の講座。
横浜中華街の母こと、月浜可憐は、わたしのシャーマン師匠。御歳105歳(自己申告)。わたしの死んだばあちゃんだ。
わたしの家系は、代々、山梨のシャーマンだったらしい。これも、月浜可憐から聞いた話。遡れば、その血筋は、戦国時代まで繋がるらしい。
月浜可憐に初めて出会ったのは、3年前。友達とライブで横浜アリーナに行った帰り、中華街で大きな豚まんを食べていたら、声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと、お姉ちゃん方、寄っておいで」
ヨタヨタ歩いて近付いてきた老婆は、老婆なわりに、昔の聖子ちゃんのような装いをしていた。白いフワフワレースの半袖ワンピースからは、シワシワの細い腕と素足が見えていた。色白で、茶色いブチ柄。白いツバの大きいハットを覗いて、わたしは、「ギョッ!!」と声を上げた。
老婆の顔は、真っ白で、口には真っ赤な口紅。白粉の塗りすぎだった。暗がりの街灯下で見たから、まるでお化けだった。
「たった千円」
老婆はニヤリとした。
「あの、いいです。わたしら、そういうの趣味じゃないっていうか、一応、彼氏いるしね!」
わたしは、隣で呆気に取られている友達に言った。友達のハルカは、老婆に目を奪われながら、頷いた。
「彼氏がいる? 嘘をつくでない! とくに、おまえ!」
老婆は、わたしの鼻近くまで、人差し指を突き出した。そして、わたしの手を取り、「いいから、いいから」と引っ張って歩き出した。ハルカも慌てて後を付いてきた。
「いやだぁ、怖いぃぃ!」「うるさいっ!」
老婆は、わたしを土産屋に連れ込み、その奥のえんじ色のカーテンを、シャッとあけた。
そこには、薄暗い四畳半ほどの部屋があった。赤いソファが向き合っており、その奥に、老婆は座った。そして、わたし達に向かいのソファに座るように促した。
老婆の背後で、二体の菊人形が、こちらをじっと見つめている。よくよく見ると、部屋の棚中に、古い外国の人形がびっしり座っていた。全員がこちらを見ている。
「ゲホン!ゲホッ!ウエッ!!」老婆がむせり出した。
そう言えば、さっきから変な匂いがしている。
「占いやる時は、お香を焚くもんらしいけど、どうも、あたしの気管が受け付けないよ。ゲホッ!」老婆は言った。そして、
「まず、自己紹介だね。あたしの名前は月浜可憐です。天橋玲奈のおばあちゃんです」
老婆はそう言うと、ニンマリと笑った。
「あ!」
一瞬だけ、わたしが中一の時に死んだ祖母の面影を見たような気がした。だけど、
「なぜ、わたしの名前を知っているの?」
わたしの祖母は、とっくの昔に、心臓病で死んでいる。お葬式も済まして、荼毘に付されて、今は都庁近くの墓に眠っている。はず。
それに、うちの祖母の名前は、星川君子だ。
「だから、あたしは、あんたのばあちゃんだからだよ」
月浜可憐は、またニンマリした。
「名は体を表さない!笑笑」「うるせーやいっ!」
言葉遣いが悪いのは、うちの祖母に似ているが。祖母は栃木の田舎で育ったので、女ではあるが、自分を「おれ」と呼び、気の強さも手伝って、男勝りな女性だった。
月浜可憐は、そのあと、わたしが自分の後継であることを、延々と一方的に喋り続けた。
生前、名前を変えて、自分がシャーマンであることを隠していたのは、シャーマンだとバレると、インチキ扱いが酷い時代だったからだそうだ。確かにあの頃、宇宙人を信じる人と科学者とが、宇宙人がいるいないでバトルをする番組や、イタコのような降霊術をする人達のインチキを暴く番組が数多く放映されていた。
「まあ、お金がなきゃ生きてけないからね。普段はこうして占い師で収入を得ながら、密かにシャーマン業を営むっていう感じなわけよ」
と月浜可憐は冷めたように言った。
シャーマン。選ばれし者。
祖母が死んで、肉体は消えても、こうして蘇ったのは、シャーマンの血を引いた者ゆえのこと。
「主に、あたしは、死んだ者を蘇らせることを特技としているがね。なにせ、自分が体験者だからねぇ」「肉体がないのに、どうやって蘇るの?」
わたしの隣でハルカが聞いた。
「それはね、この世に浮遊する、ありとあらゆるモノ。生命を造る物質をかき集めるのさ。この空気の中にも、人間を造るモノが、たあんと含まれている」
月浜可憐は、お香の煙を見つめながら、囁くように言った。
「魂は、肉体が朽ちても存在しているからね。あたしらの心は、体の外にあるのさ」
月浜可憐は、何かお経のような呪文のようなものをモゴモゴ唱え出した。時々入れ歯がかち合う音が耳障りだけれど、なんだか不思議と神聖なものを感じた。
「ほら、見て!」
月浜可憐が、自分の目尻を指差して言った。
「一本、シワが消えた。いま、空気中の浮遊物が、あたしの体に溶け込んで、あたしは、また違うモノになったのさ」
「なんだかよく分からない」
ハルカとわたしは首を傾げた。
「とにかくはだ! おまえは、玲奈は、わたし達月浜家、山梨系シャーマンの大事な跡取りなんだよ」「うちのお母ちゃん、何にも、そんなこと言ってなかったし」
月浜可憐の顔が曇った。
「恵子は、ダメだった。あの子には、全くと言っていいほど、霊能力のDNAが受け継がれなかった」
月浜可憐は肩を落とした。
「恵子が、あんな平凡な子でなけりゃ、あたしがこんな105歳にまでなって、苦労するこたぁあなかったのに」「てことは、お母ちゃん、自分がシャーマンの家系だって知らないの?」
月浜可憐は首を横に振った。
「言ったけど信じやしないよ! あのバカ娘は!しかも、理系の大学になんか進みやがって。科学の勉強なんかしやがってよぉ〜」「可憐ばあちゃん! 嘆いてるところ悪いんだけどさ、で? わたしの運命の人は?」「ああ、ごめんごめん。運命の人ね、えーと、あんたの運命の人はねぇ...」
そう言うと、月浜可憐は、後ろからデッカい虫眼鏡を取り出し、わたしの両手の手のひらを、じっと見た。
「普通に手相占い?!」
しばらくして、月浜可憐は、こう言った。
「玲奈ちゃんの運命の人は、隣にいるよ」
つづく
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