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みんなみんな生きているんだの巻
わたしの彼、雲坂雅哉。
イケメンビジュアル系バンドメンバー風な木彫りアーティスト。
彼は、わたしの部屋の隣の住人。
わたしは、毎日彼の部屋に遊びに行く。
彼は、昼間でも、紫色のカーテンを閉めきり、暗闇の中で、ローソクとお線香を焚きながら、木彫りの動物達をチェーンソーで、ギューンギューンと激しく彫っていく。その横で、わたしは、横浜中華街の母 月浜可憐の通信講座の勉強に余念がない。
彼の作業中のBGMは、大音量でモーツァルトの『ラクリモサ』をエンドレスで。そして、まるでオペラ歌手のような発声で、やなせたかしの『手のひらを太陽に』を熱唱。
「このギャップ、マジ、中心疼く...」
「なんだい?! このアベコベなBGMは!!」いきなり月浜可憐が現れた。
「不気味だねぇ、なんだい! 暗闇で!」「ばあちゃんの顔のが、よっぽど不気味だがね」
月浜可憐は、不気味な顔をもっと不気味にして、わたしの両ホッペをつねった。「おこっひゃ、ひゃーひょっ!(怒っちゃ、やーよ)」
わたしのホッペをつねり終わると、月浜可憐は、「おお! 関心関心。ちゃんと勉強してるね!」と言って、わたしの頭を撫でた。
「結構面白いよ! 『山伏入門』」わたしは、持っていた教科書を、月浜可憐に見せた。
「ところで、玲奈。高尾山の役牛角禅師には会いに行ってきたかい?」「まだだよ」「なぜ行かぬ?!」月浜可憐は声を荒げた。というか、さっきから、わたし達は声を荒げて喋っている。
だって、雲坂雅哉のBGMとチェーンソーの音がものすごいから。
「ったく、うるさいのぉ。して、なぜ行かぬのじゃ?!」「だってさぁ、高尾山て、ケーブルで行っても、薬王院まで結構歩くんだよ!階段急だし、めんどくさい!!」「バカめが!!」「痛っ!!」
と、チェーンソーの音が鳴り止み、雲坂雅哉がラジカセを止めた。部屋が一気に静かになった。わたしと月浜可憐の耳で、キーン!!と耳鳴りがしていた。
「あ、おばあさん、こんにちわっす!」雲坂雅哉がペコリと頭を下げた。「月浜可憐とお呼びっ!! ん? クンクン。あんた、なんか臭うね」月浜可憐が、雲坂雅哉をクンクン嗅いだ。
「ええっ?! ちゃんと風呂入ってますよ!! だけど、さすが、玲奈ちゃんのおばあさん! クンクンしてる姿、玲奈ちゃんソックリ!!」雲坂雅哉は、眩しい笑顔で笑った。
月浜可憐は、首を傾げたが、またわたしを見ると、「とにかくは、高尾山に行きなさい!!」と叱り、立ち上がると、シャッシャッシャッと音を立てて、雲坂雅哉の部屋を出て行った。
「臭う?」彼が、わたしに自分の体の匂いを嗅がせようと近付いた。「ううん、いい匂い」わたしは、彼の胸に顔を埋めた。
つづく