ラジオドラマ「私とあなたと彼女と」
概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(O.A.済)。登場人物は女性三人という条件。尺は約13分。2011/06/11作。
〇ログライン
女らしくないサヤカが女になった彼氏と対立するが、自分らしくいることの大切さに気づき彼氏を受け入れるまでを描く成長物語。
〇登場人物
サヤカ(32)男勝りなOL、女らしくなりたいと思っている
ヒロミ(35)女性より女性になったニューハーフ、元はサヤカの彼氏のタカ
アキ
ミチコ(58)タカアキの母親
SE 飛行機の離陸音
SE 空港到着ロビーを行き交う人々のガヤ
サヤカ「まったく……こっちから連絡しても全然やったのに、やっと連絡を
寄こしたと思ったら空港に迎えに来いやって? ふざけんなよ」
ヒロミ(オフ)「サヤカ!」
サヤカ「え?」
ヒロミ(オフ)「サヤカ! こっち! こっちよ!」
SE 走って近づいてくるハイヒールの音
ヒロミ「はぁはぁ、ごめんね。迎えに来てもらっちゃってさ」
サヤカ「え?」
ヒロミ「元気にしてた?」
サヤカ「え、あの、どちらさんで?」
ヒロミ「ヒロミで~す」
サヤカ「は? ヒロミ?」
ヒロミ「そう、あなたの彼氏の……」
サヤカ「タカアキ!? あんた、タカアキの何やねん!」
ヒロミ「違う違う!」
サヤカ「何が違うねん!」
ヒロミ「ごめんなさい。私ったらつい……ふふ、私、タカアキよ。あなたの
彼氏のタカアキ」
サヤカ「はぁ? タカアキぃ~? 何言ってんの。あんた女やん」
ヒロミ「そう、女になって帰ってきたタカアキよ。ほら、パスポート」
サヤカ「え? あ、タカアキ……あんた、ほんまにタカアキなん?」
ヒロミ「ええ、信じてくれたかしら?」
サヤカ「なんやねん、その姿」
ヒロミ「えへへ、どう? 綺麗になったでしょ?」
サヤカ「なんでそんな女らしくなってんの? あんた、三十代半ばのおっさ
んやってんで」
ヒロミ「もう、おっさんとか言わないで!」
サヤカ「ありえへん。声かて女そのものやし」
ヒロミ「どっかの歌姫みたい?」
サヤカ「身体のラインもそうやんか」
ヒロミ「腰もちゃんとくびれてナイスボディでしょ?」
サヤカ「身長は……まあ、あんた元々高い方ではなかったもんね。そんなも
んか。でも、その辺の読者モデルより……」
ヒロミ「綺麗でしょ?」
サヤカ「まあ、綺麗やけど……男のあんたが女装してどないすんの」
ヒロミ「女装じゃない。女性になったのよ」
サヤカ「は?」
ヒロミ「タイで性転換手術受けてきたの」
サヤカ「えぇ~!! 性転換手術?!」
ヒロミ「そうそう、まだサヤカ以外誰にも言ってないんだからね。二人だけ
の秘密よ」
サヤカ「何それ……なんやねん、それ!」
SE カラスの鳴き声
SE ガチャガチャと扉を開ける
ヒロミ「やっぱりウチが一番ね」
サヤカ「タカアキ、一体どういうこと?」
ヒロミ「タカアキじゃなくて、ヒ・ロ・ミ」
サヤカ「なにがヒロミや! そんなんどうでもいいねん! なんでこんなこ
とになったんか聞いてんの!」
ヒロミ「こんなことになったって……ただ、女になりたくて女になったって
だけよ」
サヤカ「あんた、あたしの彼氏なんやで? いつからそんなんこと思ってた
ん?」
ヒロミ「彼氏じゃなく、彼氏だったよ。そこんところ間違えないでね」
サヤカ「彼氏だったって、あんた……」
ヒロミ「サヤカのことは好きよ。でも、私はもう男じゃない。これからは女
友達としてよろしく~」
サヤカ「女友達ぃ~? 何言ってんねん! アホ言うな!」
ヒロミ「相変わらず乱暴な物言いね。とにかく落ち着いて」
サヤカ「この状況で落ち着いてられるか!」
ヒロミ「(ため息)……私ね、男としてサヤカと付き合っていくうちにふと
思ったのよ」
サヤカ「何を?」
ヒロミ「女らしさって何だろうって」
サヤカ「なんや、あたしが男らしいからあかんとでも言いたいん?」
ヒロミ「いいとか悪いとかじゃなくて、女らしさとか、男らしさとか……“ら
しさ”ってこと」
サヤカ「らしさ?」
ヒロミ「男ならこうあるべき、女だったらこうって思われてること、結構あ
るんじゃない?」
サヤカ「だから?」
ヒロミ「ちょっとでもそれに外れたら変な目で見られたりとか」
サヤカ「べつに、あんたは男やねんから男らしくしたらええだけやん」
ヒロミ「それは無理よ」
サヤカ「なんで無理やねん」
ヒロミ「男として生きるのに違和感があったから」
サヤカ「違和感?」
ヒロミ「男の身体で生まれたから男として生きなきゃと思ってたけど、本当
の私は違ったのよ」
サヤカ「違ったって……あんた、男やろ?」
ヒロミ「心は女だったのよ。もう自分と違うものでいたくなかった」
サヤカ「そんな……なんで何も言ってくれんかったん?」
ヒロミ「言えるわけないじゃない」
サヤカ「でも、あんた、自分の親にも言わんでか?」
ヒロミ「私一人で考えてやったのよ」
サヤカ「信じられへん! ほんまあんたは男らしくないなぁ!」
ヒロミ「だから、女になってんじゃないの」
サヤカ「べつに、女にまでならんでも」
ヒロミ「ねぇ、サヤカもそうなんじゃない?」
サヤカ「はぁ? 何が?」
ヒロミ「だって、そんな男らしいってことは、やっぱり自分が女ってことに
違和感があるんじゃ……」
サヤカ「そんなんちゃうわ!」
ヒロミ「そうかしら? 私にはそう思えなかったけど」
サヤカ「はぁ?」
SE ごそごそとスーツケースを開ける音
ヒロミ「例えば……このスカート、タイで買ったんだ。すごく安かったの」
サヤカ「あっそう。よかったね」
ヒロミ「一応、サヤカの分も買ってきたんだけど……はい! 色違いのおそ
ろい」
サヤカ「いらん」
ヒロミ「ほら、やっぱりいらんって言う」
サヤカ「だって、普段から穿いてへんし。あんたも知ってるやん」
ヒロミ「だからよ。いつも男みたいな格好して、どっちが彼氏かわからなか
ったじゃない」
サヤカ「今はどっちが彼女かわからんやんけ」
ヒロミ「女として生きるのなら、サヤカもスカート穿いてかわいくなりまし
ょうよ」
サヤカ「え~」
ヒロミ「ねぇ、サヤカはなんでスカート穿かないの?」
サヤカ「べつに。ただ、かわいさなんか求めてないだけやし」
ヒロミ「付き合ってた時からそうだったよね。女なんだからさ、もっと女ら
しくしたらいいのに」
サヤカ「いいねん、あたしはこれで。あんたもそれ承知で付き合ってくれて
たんちゃうの」
ヒロミ「う~ん、そうだけどさぁ。やっぱり女なら、かわいい格好してほし
かったわよ」
サヤカ「え?」
ヒロミ「それにあなた、日焼け止めとか紫外線対策も何もやってないでし
ょ。夏とかプール帰りの小学生みたいに真っ黒になっちゃってさ」
サヤカ「ほっといて」
ヒロミ「お肌のお手入れは大事よ。もう若くないんだからさ。これからは美
白よ」
サヤカ「なにが美白や」
ヒロミ「ほら、こことかシミになってるんじゃない?」
サヤカ「ちょっと! 触んなや」
ヒロミ「綺麗にして早くお嫁に行かないとダメよ。貰ってくれる人いなくな
っちゃうわよ」
サヤカ「うるさいな! もうなんやねん、あんた!」
ヒロミ「なによ?!」
サヤカ「綺麗にしな嫁に貰われへんて……貰ってくれる彼氏が勝手におらん
ようになってしまったんやろっ!」
ヒロミ「サヤカ……ごめんね」
サヤカ「ああ、もう! どうしたらいいねん」
ヒロミ「サヤカはもっと女らしくしたら?」
サヤカ「女らしく?」
ヒロミ「見た目と中身を一致させるのよ」
サヤカ「そんな……私が女らしくなったら、元に戻ってくれるんか?」
ヒロミ「え?」
サヤカ「戻ってくれるんやったら、あたしは女らしくなれるように頑張るけ
ど?」
ヒロミ「それは……できないけど」
サヤカ「ほら、できへんのに勝手なこと言うなや」
ヒロミ「でも、私がサヤカを女らしくしてあげることはできるわよ!」
サヤカ「はぁ?」
ヒロミ「サヤカは女なのに女らしくなりたいとは思わないの?」
サヤカ「思ってないことはないけど、でもそれって……」
ヒロミ「じゃあ、私が変えてあげる!」
サヤカ「え、あ、ちょっと?!」
ヒロミ「ほら! まずはその格好! このスカート穿いて!」
サヤカ「えっ?! ちょ、待って!」
ヒロミ「はい、スカート穿いたら、次はその顔! 私が綺麗にメイクしてあ
げる!」
サヤカ「ちょっとタカアキ?! 何すんねん!」
SE ガチャガチャと扉を開ける音
ミチコ(オフ)「タカアキ~? いるの?」
SE ドタドタと近づいてくる足音
ミチコ「あんた、連絡しても繋がらんで心配してたんやで……あらっ?!」
ヒロミ「オカン!」
サヤカ「オカン?!」
ミチコ「誰や? あんたら」
ヒロミ「い、いえ、べつに(怪しい者では)……」
ミチコ「あんたら、うちの息子の家で何してんの?」
ヒロミ「ち、違うねん! オカン」
ミチコ「はぁ? あんた誰や?」
ヒロミ「え、私は、その」
ミチコ「オカン、オカンって馴れ馴れしいやっちゃな。そんな派手な格好し
て、今どきの娘はまったくなんやの」
ヒロミ「いえ、その……」
ミチコ「ほら、そんなウジウジして、うちのタカアキみたいな女やな」
サヤカ「タカアキです」
ミチコ「はぁ? あんたタカアキちゃうやん」
サヤカ「いえ、あたしじゃなくて……」
ミチコ「タカアキはもうちょっと色白で小柄な男やで。それになんや、同じ
スカート穿いて。あんた、男やのに変なやっちゃな」
サヤカ「はぁ? オトコ?」
ヒロミ「サヤカ、男だと思われてるよ」
サヤカ「あたし、女ですけど!」
ミチコ「女?! 色黒いし、タカアキ言うから、もうややこしいなぁ。で、
あんたは何やの?」
サヤカ「彼女です」
ヒロミ「何言ってんの! 友達よ!」
サヤカ「あたしはタカアキと別れたつもりはないで!」
ヒロミ「事実上、別れたようなもんよ!」
ミチコ「なんや、あんたらタカアキ取り合ってるんか?」
サヤカ「はぁ?」
ミチコ「うちの息子が二股でもかけたんやな。もう、タカアキも隅に置けへ
んなぁ」
ヒロミ「いや、そうじゃなくて」
ミチコ「で、当の本人のタカアキは?」
サヤカ「だから、タカアキはここに」
ミチコ「おらんのやな? あっ! 逃げたんか! あの子はほんまにもう」
サヤカ「いえ、タカアキは」
ヒロミ「ちょっとサヤカ!」
ミチコ「なぁ、そこの派手な、えっと、名前は……」
ヒロミ「ヒロミです」
ミチコ「ああ、ヒロミさんね。あんたちょっと、あの子に電話してくれん
か?」
ヒロミ「え? 私が?」
ミチコ「そうや。あの子の彼女やろ? 逃げてんとはっきりさせてって呼び
戻し」
ヒロミ「え、あ、でも」
サヤカ「そうや、タカアキに電話してや。ヒ・ロ・ミ」
ヒロミ「ちょ、なに言ってるの、サヤカ!」
サヤカ「どうせ、私が電話しても聞かんのやろ?」
ヒロミ「サヤカ!」
ミチコ「何してんの? はよ電話し!」
ヒロミ「え、いや、でも」
ミチコ「ああ、もう! あんたらと話しててもらちがあかんわ。私がタカア
キの携帯に電話した方が早い(携帯電話を操作する)」
ヒロミ「えっ?! ああ、ちょっと!」
SE 携帯電話の着信音
ミチコ「ん? なんや、この部屋で鳴ってへんか?」
ヒロミ「え? いえ、気のせいでは……」
サヤカ「ほら、あんたの携帯鳴ってんで」
ヒロミ「シッ! うるさいわね! 私のじゃないわよ!」
サヤカ「ふ~ん。でも、あんたの鞄から聞こえるけどな~」
ヒロミ「その鞄、あなたのでしょ?」
サヤカ「はぁ? そんなフリフリの鞄持ってへんわ!」
ヒロミ「何言ってんの! ほら、今のその格好にピッタリじゃない。その
鞄」
サヤカ「いや、違うやん! この格好は」
ミチコ「もう! あんたら、うるさいで! (携帯電話を切ってため息)ほ
んまうちの子はどこ行ったんや。折角、見合い写真を持って来たの
に……」
ヒロミ「見合い?!」
ミチコ「そうや。あの子ももうええ年。そろそろ嫁さん貰ってくれんとな
ぁ……」
サヤカ「そうですよ。男としてね」
ヒロミ「サヤカ!」
ミチコ「そうや、こないだかて結婚のこと聞いたら、うだうだ言うて逃げて
もうて」
サヤカ「そうなんですか」
ミチコ「男のくせに女々しいところあるんよ、あの子は」
サヤカ「ですよね~」
ヒロミ「ちょっとなによ!」
ミチコ「てか、彼女がおるんやったら、見合いせんでも、今ここで決めたら
ええやん」
ヒロミ「は?」
ミチコ「どうせ、タカアキが決められへんのやったら、私がバシッと決めた
るわ」
ヒロミ「えぇ?! でも……」
ミチコ「それにさっきから、やいやい喧嘩ばっかしてんねんから、料理対決
ではっきりさせたらどうや? 私が審判したるで」
サヤカ「料理対決?!」
ミチコ「そやね、息子の好きな卵焼きでも作ってもらおか。ほら、ぼさっと
突っ立ってんと、始める始める」
SE 卵を割り、かき混ぜる音
SE フライパンに卵を落とし、じゅわっと焼ける音
ミチコ「へぇ、ヒロミさん。なかなか手際いいやん。どれ、一口」
ヒロミ「どうですか?」
ミチコ「ん、うん…なかなかのもんやんか。あんた、息子の好みの味、よう
知ってるなぁ」
ヒロミ「ええ、まあ……」
ミチコ「どれ、サヤカさんは?」
SE ガタガタと調理器具が落ちる音
SE 卵のパックが床に落ちて卵が割れる音
サヤカ「うわっ!」
ヒロミ「もう! なにやってるの!」
ミチコ「あらら~、豪快やねぇ」
サヤカ「すみません……いつもタカアキに作ってもらってたから」
ヒロミ「やっぱり、サヤカは女らしくしなききゃ。そのままではだめよ」
サヤカ「わかってる。わかってるけど……」
ミチコ「サヤカさん」
サヤカ「あ、すみません。すぐ作り直します」
ミチコ「いや、もうええよ」
サヤカ「え? でも……」
ミチコ「そんなに女らしくすることが大事かね?」
サヤカ「え?」
ミチコ「あんたはあんたらしくしてたらいいんとちゃうか?」
ヒロミ「でも、折角、女に生まれたんだからサヤカは(もっと)」
ミチコ「あんたは黙っとき!」
ヒロミ「はい……」
ミチコ「女らしさとか男らしさとか、他人が強要することとちゃう。自分ら
しくいるのが一番やで」
サヤカ「自分らしく?」
ミチコ「自分とは違うもんになろうとしても、なんかおかしいて思ったんち
ゃう?」
サヤカ「えっ?」
ミチコ「無理に不自然なほうに進んでも、あるべき姿に自然と戻るもんや
で。その時のあんたが、ほんまのあんたや」
サヤカ「おかあさん……」
ミチコ「息子のタカアキも、昔からなんか男らしさに欠けるとこがあったん
よ」
ヒロミ「え?」
ミチコ「ウジウジしてるというかね。でも、本当の自分らしさを見つけたよ
うやし。なぁ、ヒロミさん」
ヒロミ「えっ?!」
ミチコ「あんた、タカアキやろ?」
ヒロミ「ち、違います」
ミチコ「何年あんたのオカンやってると思ってんの! アホ!」
ヒロミ「オカン……」
ミチコ「あんたも、その姿になったのは、無理に男のままでいる必要はない
って気づいたからやろ?」
ヒロミ「うん……」
ミチコ「それなら、サヤカさんに無理強いするのは違うんとちゃうか?」
ヒロミ「そう……やな」
ミチコ「サヤカさんも」
サヤカ「はい?」
ミチコ「この子があんたみたいなはっきりした女性と出会ったのも、何かの
縁やと思うねん」
サヤカ「はい……」
ミチコ「この子がこんなことになって戸惑うのもわかる。でも、今まで彼女
として付き合ってこれたのなら、友達として見守るのは、そう難しいこと
ちゃう」
サヤカ「おかあさん……」
ミチコ「息子の嫁には来れんけど、これからはあの子の友達として付き合っ
たってくれんか? ほんまに勝手なこと言うて申し訳ないんやけど……こ
の通りや」
ヒロミ「オカン……」
サヤカ「……はい」
ミチコ「それにしてもなぁ、タカアキも女になってしまうとはなぁ」
ヒロミ「ごめん……何も言わんで」
ミチコ「ヒロミって……もっと他にいい名前なかったんか? 今の時代にあ
ったのとかさぁ」
ヒロミ「え? 名前?」
ミチコ「まあ、私のミチコって名前もな、今となっちゃ地味やったかなぁと
思うけど、当時は流行最先端やったんやで」
ヒロミ「えっと……」
ミチコ「あんた、ピンクとか可愛らしいもん好きやったやろ?」
ヒロミ「え、うん。今も好きやけど……」
ミチコ「私もそうやった。それでピーンっと来てたんや。血は争えんって
な」
サヤカ「血は争えんって……」
ヒロミ「ちょ、ちょっと待って! それって……」
ミチコ「なんや? 自分らしくいるのは大事やで」
ヒロミ「何それ……なんやねん、それ! オカン! てか、オトン?」
(了)