ラジオドラマ「きっと頂上は晴れている」
概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(O.A.済)。登場人物は女性三人という条件。尺は約13分。2011/07/28作。
〇ログライン
自殺志願者のユウコが、山で遭難したことがきっかけで、ユウコの中のネガティブな自分とポジティブな自分と出会い、改めて生きようとする話。
〇登場人物
ユウコ(29)自殺志願者
黒ユウコ(29)ユウコの中のネガティブな部分、
ユウコより年下っぽい雰囲気
白ユウコ(29)ユウコの中のポジティブな部分、
ユウコより年上っぽい雰囲気
SE 木々を揺らす風の音
SE 枯葉や枝の上を踏みしめるように歩く音
SE ユウコの息づかい
ユウコ「ハァハァ……適当に山道外れてきたけど……ハァ……大丈夫やろか?」
SE 立ち止まる足音
ユウコ「あれっ?! 行き止まり?」
SE 下から吹き上げる風の音
ユウコ「うわっ、下が全然見えへん……こんな崖から落ちたら、ひとたまり
もないなぁ……そうや、遺書。一応、持ってきたん、ちゃんと入ってるか
な?」
SE 鞄をごそごそ探る音
ユウコ「ただの遭難者って思われたら嫌やしな……ああ、あったあった」
SE 強い風の音
ユウコ「わっ! 遺書が飛んで! あっ!」
SE 枯葉や枝を折りながら滑り落ちる音
ユウコ「いやぁぁぁー!」
SE ドサッと着地する音
SE 木の枝や石がパラパラ落ちる音
ユウコ「う……いったぁ……なんやねん、もう。つっ! 背中が……うぅ~……
なんと 何やろ? これ……マネキン? いや、違う?! 人間?!
ひ、人が倒 れてる! え、え、え、ちょ、どうしよう……ん? 何や
ろ? これ……マネキン? いや、違う?! 人間?! ひ、人が倒れて
る! え、え、え、ちょ、ちょっと、だ、大丈夫ですか……? し、死ん
でる?! 嘘やろ?! え、え、ちょ、どうしよう! 嫌や、ひとり
で……ちょ、誰か! 誰か助けてー!」
黒ユウコ「誰も来ないよ」
ユウコ「えっ?!」
黒ユウコ「山奥なんやで? 人なんか来るわけないやん」
ユウコ「あああ、し、死体が、生き返った」
黒ユウコ「まだ死んでへん!」
ユウコ「え?」
黒ユウコ「見てみ。あの上から落ちたけど、まだ生きてる!」
ユウコ「え、あ、死んでなかったんですね……(ため息)よかった」
黒ユウコ「ほんまは死ぬかと思ったけどな」
ユウコ「あの、動けますか?」
黒ユウコ「はぁ? 見てわからん? 背中を打って身動きできへん状態や」
ユウコ「そんな?! 早く助けを呼ばんと!でも、ここは圏外やし……何か
ないかな」
SE 鞄をごそごそ探る音
ユウコ「ああ、もう! こんなことならちゃんと装備整えてくるべきやった
わ!」
黒ユウコ「何してんの?」
ユウコ「え? 何してるって、助けを呼ぼうとしてるに決まってるじゃない
ですか!」
黒ユウコ「ええやん」
ユウコ「は?」
黒ユウコ「べつに助けこんくてもええやん」
ユウコ「え、でも、このままじゃ……」
黒ユウコ「もうええねん。どうせ、こんな山奥になんか誰も助けにこーへん
よ」
ユウコ「そんな諦めたらあきませんよ!」
黒ユウコ「諦めたらあかん?」
ユウコ「そうです! 諦めずに助け呼んで、生きて帰るんです!」
黒ユウコ「(可笑しそうに笑う)」
ユウコ「な、何が可笑しいんですか?!」
黒ユウコ「どうせ死ぬつもりやったからええねん」
ユウコ「えっ?!」
黒ユウコ「もし、ここから生きて帰れても、なーんもいいことなんかあらへ
ん。それやったら、もうこのまま死んだほうがマシや」
ユウコ「そんな……」
黒ユウコ「あんたかて……この山に自殺しに来たんやろ?」
ユウコ「じ、自殺?! べ、べつにそんなことないですよ!」
黒ユウコ「隠さんでもええって」
ユウコ「べつに隠してなんか……」
黒ユウコ「じゃあ、これ何?」
ユウコ「あっ、それは……」
黒ユウコ「遺書やろ? あんたが落としたやつちゃうん?」
ユウコ「……」
黒ユウコ「どうせ死ぬつもりやったんやろ?ちょうどいいやんか」
ユウコ「えっ……?」
黒ユウコ「もう、死に場所に迷うこともない」
ユウコ「う~ん……」
黒ユウコ「ここに落ちたのも何かの縁や。あとは、ゆっくり死ぬ時を待つだ
けやん」
ユウコ「……そっか……それもそうですね」
SE 木々を揺らす風の音
ユウコ「静かですね……」
黒ユウコ「ん? ああ、そやな」
ユウコ「なんやろう……こんな穏やかな気持ちになったのは久しぶりです」
黒ユウコ「ふ~ん」
ユウコ「自分の死に場所が決まって、なんか気持ちが楽になりました」
黒ユウコ「それよりさぁ……」
ユウコ「はい?」
黒ユウコ「死んだら、私らどうなるんやろなぁ?」
ユウコ「は?」
黒ユウコ「死後の世界ってあるんかな?」
ユウコ「さぁ……どうなんでしょう」
黒ユウコ「地獄に落ちたらどうしよう」
ユウコ「崖から落ちて地獄にも落ちたら、落ちてばっかりになりますね」
黒ユウコ「死んでからもつらかったら、わざ
わざ死ぬ意味ってあるんかなぁ?」
ユウコ「知りませんよ、そんなこと」
黒ユウコ「ほんまにこのまま死んでもええんやろか……」
ユウコ「はぁ?」
黒ユウコ「死ぬって決まったら決まったで、なんかなぁ……」
ユウコ「もう、何なんですか! さっきはここで死んでいけって言ったくせ
に」
黒ユウコ「いや、死ぬ気はあるで。あんねんけど、死んだ後が心配っつう
か……」
ユウコ「何をウジウジしてるんですか?」
黒ユウコ「べつにウジウジしてるわけちゃうけど、やっぱいろいろ考えてま
うやん」
ユウコ「それってほんまは死にたく……」
SE 遠くから聞こえる崖から滑り落ちる音
白ユウコ(オフ)「ひゃぁ~~~!!」
ユウコ「ん?」
SE だんだん近づく崖から滑り落ちる音
白ユウコ「ひゃぁぁぁ~!」
SE ドスンと着地する音
SE 木の枝や石がパラパラ落ちる音
ユウコ「ゴホッゴホッ……な、なにっ?!」
白ユウコ「うわぁ~ん! 痛い~! 痛いよぉ~!」
ユウコ「だ、大丈夫ですかっ?!」
白ユウコ「大丈夫ちゃう~。背中が、背中痛すぎるぅ~」
黒ユウコ「(ため息)うるさい奴がまた落ちてきたわ……」
白ユウコ「あ~体が動かん……このままじゃ死んでまう」
黒ユウコ「死んだらええやん」
白ユウコ「嫌や~! 死にたくない! なぁ、あんたも死にたくないやんな
ぁ?!」
ユウコ「え……う~ん、じつは、その……」
白ユウコ「もう! 何? はっきり言って!」
ユウコ「私たち、このまま死のうとしてるところなんです……」
白ユウコ「は? なんで?」
ユウコ「生きるのに疲れたんです。それで、この山に死に場所を求め
て……」
白ユウコ「で、この崖に自ら飛び降りたと?」
ユウコ「い、いえ、私たちも落ちちゃっただけなんですけどね。でも、まあ
ここでいいかと……」
黒ユウコ「てことで、生きたいんなら、あんた一人で何とかしいや」
白ユウコ「はぁ?! 何言ってんの?!」
ユウコ「何って、ここで死にますって……」
白ユウコ「こんなとこで死んでどないするん? まだ若いのに……」
ユウコ「そんな若くもないんですけどね」
白ユウコ「どうせ、その暗~い小娘にでも、そそのかれたんやろ?」
黒ユウコ「何?! 私のせい?!」
白ユウコ「そやろ。それしか考えられへん」
ユウコ「違います! 私は自分の意志で死にたいと思って来たんです!」
白ユウコ「でも、この崖にはたまたま落ちただけなんやろ?」
ユウコ「そうですけど……」
白ユウコ「そんなん自分の意志とは関係ないやん!」
黒ユウコ「でも、死にたいと思って、この山に来たことには変わりないで」
白ユウコ「小娘は黙っとき! 私はあんたと喋ってるんちゃうねん!」
SE 遠くの方から聞こえるヘリコプターの音
白ユウコ「あっ! あれ、救助のヘリちゃう?! やった! 助けが来た!
おーい! ここよー! 助けてー! あれ? 聞こえへんのかな? お~
い! ちょっと、あんたらも呼びなさいよ!」
SE 遠ざかるヘリコプターの音
白ユウコ「ああっ! 行っちゃう! ちょっとー! 戻ってきて! こっち
よー!」
SE 遠ざかって消えるヘリコプターの音
白ユウコ「あ~あ、行っちゃった……ちょっと! なんで、あんたらも呼ば
んかったん? 救助のヘリ、行ってもうたやない!」
ユウコ「そう言われましても……」
黒ユウコ「私らはここで死ぬって言うたやん。おばちゃん、人の話聞いて
た?」
白ユウコ「誰がおばちゃんや! 私はこれでもまだ20代よ!」
黒ユウコ「はぁ? 20代?!」
白ユウコ「まあ、20代言うても、もう29やけど……」
黒ユウコ「29?! 最悪! 私と同じなん」
ユウコ「えっ? あなたも29?!」
黒ユウコ「あなたもって……」
ユウコ「私も29です、はい……」
白ユウコ「あはは、な~んや、皆同い年やん」
黒ユウコ「嘘やろ~」
白ユウコ「29で死ぬなんてもったいないわ~。これから楽しいこと山ほど
あるで~」
ユウコ「そうでしょうか……?」
白ユウコ「なんでそんなに死にたいの?」
ユウコ「鏡を……長年使っていた鏡を割ってしまったんです」
白ユウコ「鏡?」
ユウコ「その割れた鏡に映った自分が歪んで見えて……あれ? 私ってこん
な顔してたっけ? って思ったら……」
白ユウコ「はぁ? そんなことで死のうとしてんの?」
ユウコ「はい……」
黒ユウコ「そんなもんや、人が死のうとする理由なんて。ほんの些細なこと
がきっかけになることもある」
白ユウコ「にしても、そんな理由で死んだら絶対後悔する!」
ユウコ「でも……」
白ユウコ「あんた、家族や友達はおるんやろ?」
ユウコ「まぁ、両親も健在ですし、友達もそれなりにいますけど……」
白ユウコ「あんたが死んだら悲しむ人おるやん。生きてまた会わなあか
ん!」
ユウコ「うん、そうやな……」
黒ユウコ「でも、親かていつまでもおるわけちゃうし、友達だってそうや」
ユウコ「え?」
黒ユウコ「皆同じ人間。いつか死んでいなくなるんやで。みーんなあんたよ
り先に死んでもうたらどうするん?」
ユウコ「……やっぱり、私は独りやん」
白ユウコ「じゃあ、あんた。趣味とかないん?」
ユウコ「趣味? スキューバダイビングにキャンプ。あ、あと登山も」
白ユウコ「それなら趣味に没頭したらええ。自分の好きなことを好きなだけ
やって、自由を満喫したらええやん」
ユウコ「自由か……」
黒ユウコ「でも、あんた、なんか危険な趣味多くない?」
ユウコ「え?」
黒ユウコ「スキューバで海の底、登山で崖の下に落ちるのも時間の問題や
で」
ユウコ「ほんまや……もう崖から落ちてしまってるし」
白ユウコ「じゃあ、あんた、なんか好きな食べ物とかは?」
ユウコ「エビが好きですけど……?」
白ユウコ「ここから生きて帰れれば、あんたの好きなエビを腹いっぱい食べ
れるんやで。死んだら無理や」
ユウコ「エビを腹いっぱい……いいな、それ」
黒ユウコ「でも、甲殻類アレルギーになったらどうするん? 一生食べられ
へんで」
ユウコ「たしかに、それもそうや……」
白ユウコ「じゃあ、貯金は? 死ぬ前に使わなもったいない!」
黒ユウコ「使えるほど無いんとちゃう?」
白ユウコ「じゃあ、貯めてから海外旅行!」
黒ユウコ「飛行機、墜落したら終わり」
白ユウコ「好きなブランドの服を買いまくる!」
黒ユウコ「クローゼットに入りきる?」
白ユウコ「駄菓子を大人買い!」
黒ユウコ「太るで」
白ユウコ「あーもう! なんか言えば後ろ向きなことばっか!」
黒ユウコ「あんたは前向き過ぎんねん!」
ユウコ「もう! 二人ともやめてください!」
SE 携帯電話のバイブが鳴る音
白ユウコ「ん? 何の音? あんたのお腹の音?」
黒ユウコ「違うわ! 携帯のバイブやろ」
ユウコ・白ユウコ「私の携帯?!」
白ユウコ「(間髪をいれず)あ、私ちゃうわ」
黒ユウコ「なんで?! ここ圏外やろ?!」
白ユウコ「奇跡的に電波が届いたんかもよ!電話?! メール?!」
ユウコ「あ……いや、どっちでもない……スケジュールのお知らせアラームで
した」
白ユウコ「お知らせアラーム? 何それ?」
黒ユウコ「携帯に予定入れて、時間になったら知らせてくれる機能があんね
ん」
白ユウコ「へぇ~。で、何の予定入れてたん?」
ユウコ「覚えてないんです。たぶん、たいしたことではないと……」
白ユウコ「でも、携帯のアラーム使ってまで忘れんようにしたことって
何?」
黒ユウコ「詮索好きやなぁ」
白ユウコ「いいやん。死のうとしてた日に入れてたことやで? 気になるや
ん」
ユウコ「一応、見てみますね……(携帯の操作音)あっ」
白ユウコ「なになに?」
黒ユウコ「私も見せて。え~……DVD返却すること……」
白ユウコ「DVD返却?」
ユウコ「借りてたん忘れてた……」
黒ユウコ「いつまでに返さなあかんの?」
ユウコ「えっと、先週の土曜から一週間レンタルやから、え~……」
SE 木々を揺らす風の音
ユウコ「あー! 今日までやん!」
白ユウコ「あらら、今日までか」
ユウコ「はよ返しに行かな! つっ! いたたた……」
黒ユウコ「何してんの?! あんた背中打って動かれへんのやで?」
ユウコ「でも、今日中に返さな延滞金払うことになってしまいます!」
黒ユウコ「そんなん、もう死ぬんやから関係ないやん」
ユウコ「いや、シリーズもんの海外ドラマ、最終話まで、あとちょっとなん
です!」
白ユウコ「あはは、そりゃ気になるわ」
ユウコ「何してんねん、私! はよ帰らな!」
SE 遠くの方から聞こえるヘリコプターの音
ユウコ「あっ! 救助のヘリ?!」
SE 遠くに聞こえるヘリコプターの音
白ユウコ「おーい! ここやでー!」
ユウコ「こっちこっち! ここにいますよー!」
黒ユウコ「あ~あ、なんや、死ぬ気なくなってもうたんか。しょうもな~」
ユウコ「え?」
黒ユウコ「あんたらだけ助かればいいやん。邪魔者はさっさと消えます」
ユウコ「え、あ、ちょっと?」
白ユウコ「ほっとき。どうせ、すねてるだけや」
ユウコ「でも……」
SE 遠くに聞こえるヘリコプターの音
白ユウコ「おーい! ここやでー! ほら、あんたも呼ぶで」
ユウコ「は、はい。おーい! おーい! こっちでーす! ここにいまー
す!」
SE だんだん消えていくヘリコプターの音
白ユウコ「ああ、二人でも聞こえんのかな?もうちょっとやのに……」
ユウコ「……三人で……皆で呼んだら、気づいてもらえますよ」
白ユウコ「皆って、こいつも?!」
黒ユウコ「はぁ?! 私は関係ないで」
ユウコ「私は皆で助かりたいんです」
黒ユウコ「勝手な言い分やな」
ユウコ「自分がどう思いたいかは自由です。私は後ろ向きなあなたにも生き
てほしい」
黒ユウコ「……ユウコ」
ユウコ「あれ?! 私の名前知ってましたっけ?」
白ユウコ「ちょっと! あんたら、あれ見て!」
SE 少しずつ近づいてくるヘリコプターの音
白ユウコ「こっち近づいてきたで! 気づいてくれたんかも! おーい!」
黒ユウコ「……お、おーい! おーい! な、なにぼーっとしてんねん!
あんたも呼びなよ」
ユウコ「え? あ、はい。おーい! おーい!」
ユウコ・白ユウコ・黒ユウコ「おーい! ここやでー! ここにおるでー!
(次第にユウコのみ)おーい! おーい!」
SE 近くに聞こえるヘリコプターの音
ユウコ「あっ! 見てください! 気づいてもらえましたよ! よかった、
これで皆助かりますね。あれ? 誰もいない……?」
SE 近くに聞こえるヘリコプターの音
SE 風に揺れる木々の音
(了)