ラジオドラマ「そうだ、宇宙へ行こう」

概要:某コンクール応募作品として執筆。落選作品、また応募した年から4年以上経っている故に著作権は当方に帰属。テーマ・内容は自由、放送時間50分。2010/11/26作。

〇登場人物
小西浩人(10・40)宇宙へ行こうと奮闘する
川上秀治(56)浩人の良き理解者
小西佐代子(34)浩人の母
工藤俊介(10)いじめっこ
中島保(10)いじめっこ
吉村直樹(40)浩人の同僚
                                他


   オフィスで鳴り響く電話の音。

浩人(40)「はい……はい、前回の宇宙船打ち上げに関する報告書の作成で
 すか? はい……明日までに? はい……えっと、以前お渡しした書類は?
 はい……申し訳ございません……はい……」

   電話を切る音。

浩人「(ため息)またやり直しか……何やってんだろ」
吉村(オフ)「よぉ、小西」
浩人「吉村」
吉村「相変わらず辛気臭い顔してるな」
浩人「うるせぇよ」
吉村「どうだ、ちょっと外にでも出てみないか?」
浩人「今から?」

   ロケットを整備する音。
   金属を打ち付ける音が響く。

浩人「外って、宇宙船の整備室かよ」
吉村「いいじゃん。お前だって、よくここにサボりに来てるじゃねぇか」
浩人「べつに、気晴らしに宇宙船を見に来てるだけだよ」
吉村「気晴らしに宇宙船ねぇ……早いよな。火星着陸から三十年。今や火星
 に移住しようかとまで進んでるんだ。昨日まで火星に出張でした……なん
 て言える時代になってんだぜ」
浩人「そうだよな。信じられねぇよ」
吉村「なぁ、小西……お前、なんであの部署に今でもいるんだ?」
浩人「は?」
吉村「いや、なんかさ、宇宙開発の最前線にいるのに、やっていることは書
 類作成とか雑用ばっかりじゃん。それで満足なのかなって」
浩人「そりゃあ俺だって、あんなところにいつまでもいたいとは思ってない
 けど、べつに今さら……」
吉村「でも、こうして毎日宇宙船を眺めているのは、やっぱりお前、宇宙に
 未練があるんじゃないのか?」
浩人「未練?」
吉村「事務処理に追われながらもここにいるのは、そういうことなんじゃな
 いのか」
浩人「べつに未練なんて……ただ、宇宙船を眺めていると思い出すんだよ」
吉村「何を?」
浩人「昔の事。ちょうど三十年前の火星着陸の頃だよ……」

   オフィスで鳴り響く電話の音。
   携帯電話の着信音。

浩人「ああ、もうなんだよこんな時に……もしもし……ああ、母さん……ああ、
 元気だから……何?……うん、うん……え? ヒデじぃが?! そっか……わ
 かった……でも、どうして? え、あ、ああ、ちょっと……切れちまった
 (電話を切り、ため息をつく)そうだよ、何を今さら思い出してんだろ。
 三十年前なんてさ……」

   宇宙空間を飛ぶ宇宙船の音、F・I。
   宇宙船内のアラートベルが鳴る。

宇宙飛行士「こちら宇宙船ストレンジャー号。これより火星へ着陸する」
管制官「了解」

   セミの鳴き声。
   テレビの電源を入れる音。

アナウンサー「着陸態勢に入りました! さあ、いよいよ火星へ着陸です! 
 昨年十月、地球から旅立った宇宙船ストレンジャー号に、ついにこの時が
 きたのです! 着陸のカウントダウンが始まりました! 五秒前! 4、
 3、2、1……成功です! 人類初の火星着陸に成功しました! 長きに
 わたる失敗と挫折を経て、人類はついに火星へと辿り着いたのです!」
浩人(10)「成功したんだ……すげぇ」

   忙しそうに歩く佐代子の足音。

佐代子「浩人! さっさと朝ごはん食べてしまいなさい! 学校に遅れるわ
 よ!」
浩人「ねぇ、お母さん見て見て! 火星に着いたんだって! すごいよ!」
佐代子「あら、そう、良かったわね~。そんなことよりも浩人、お母さん、
 今日も仕事で遅くなりそうだから、夜は冷蔵庫のおかず、チンして食べて
 ね」
浩人「うん。ねぇ、宇宙ってどんなのかなぁ?」
佐代子「知らないわよ。もう、朝からそんなこと言ってないで、さっさとご
 はん食べちゃいなさい! 遅れるわよ!」
浩人「……」
佐代子「あ、それから、お母さんが仕事から帰ってくる前に、ちゃんと宿題
 しておくのよ」
浩人「うん、わかってるよ」
佐代子「あと、それから……」
浩人「もう、わかってるって! 仕事遅れるよ?」
佐代子「あら、大変! もうこんな時間。じゃあ、行ってくるからね。ちゃ
 んと戸締りお願いね(と言いながら去る)」
アナウンサー「ご覧ください。こちらが地球に届いた火星の映像です」
浩人「わぁ……すげぇ」

   柱時計が鳴る。

浩人「うわっ! もう8時だ! 学校行かなくちゃ!」

   学校のチャイムの音。

担任教師「さあ、次走る人。おーい、小西くん、ぼさっとしてないで。君も
 だよ」
浩人「あ、はい! 先生」
担任教師「位置に着いて。よーい、ドン!」

   子供たちが走る音。

浩人「はぁ、はぁ、うわっ!(こける音)」
俊介「浩人がこけた!」
保「また、こけたのか」

   他の子供たちの笑い声。

担任教師「小西くん! さあ、早く立って」
浩人「うぅ、いてて……くっ」
担任教師「そうそう。さあ、最後まで頑張って走って」
浩人「はい、先生……いてて」

   ゆっくり走り出す浩人。

浩人「はぁ、はぁ、あっ!(こける音)」
俊介「あ~あ、浩人のやつ、またこけた」

   他の子供たちの笑い声。
   学校のチャイムの音。
   子供たちの遊ぶ声。

俊介「よし、休み時間だ。行こうぜ、保」
保「うん。あれ? 俊ちゃん。浩人が何か読んでるよ」
俊介「ん? ほんとだ。おい浩人、何読んでんの?」
浩人「べつに……なんでもないよ」
俊介「隠すなって!」
浩人「あっ! やめてよ!」
俊介「何こいつ、『宇宙飛行士になる方法』とか読んでやんの~。お前、宇
 宙飛行士になりたいの? 無理に決まってんじゃん」
保「そうだよ。お前みたいなノロマな奴にはなれっこないよ」

   俊介と保の笑い声。

浩人「返してよ!」
俊介「わっ! 何すんだよ! いってぇ! あいつ引っ掻きやがった!」
保「俊ちゃん、大丈夫?! おい、待てよ! 逃げるな!」

   遠ざかる保の声。

浩人「僕は行くんだ! あんな奴らがいないところに……」

   ヒソヒソと話す子供たちの声。

女生徒A「ねぇねぇ、知ってる? お化け屋敷の噂」
女生徒B「知ってるー。公園の近くにあるヒデじぃって怖い人が住んでる家
 だっけ。何か金属の音がいつも聞こえてるんだよね」
女生徒A「そうそう、そのヒデじぃがね、家に近づいた子供捕まえて、変な
 実験してるらしいよ。男子が言ってた」
女生徒B「うそ~。こわ~い」

   クスクス笑いながら去って行く子供たち。

浩人「やだな、通学路にあるあの家のことかなぁ? そんな噂があったん
 だ」

   学校のチャイムの音。

俊介(オフ)「おーい、保。浩人見なかったか?」
保(オフ)「見てない。もう帰ったかのな」
浩人「やばっ。あいつらに見つかる前に、さっさと帰ろう」

   路地の雑踏の音。

浩人「たしかこの道にあるんだよね。噂のお化け屋敷。あ、あの家だ……や
 だなぁ」

   金属が擦れるような音が響く。

浩人「あれ? この音ってもしかして?! 噂は本当だったんだ! 逃げよ
 う!」

   走る浩人の足音。
   風に揺れる木々の音。
   遠くに聞こえる子供たちが遊ぶ声。

浩人「はぁはぁ……公園まで来ちゃった。あれ? 公園の奥にこんな場所が
 あったんだ。丘の上にあるから、空があんなにも近い。あ、一番星見っ
 け! そうだ、ここを僕の秘密基地にしよう」

   コンクリートの上に鍵が落ちる音。

浩人「ん? 何だろ、これ。鍵か……誰かの落し物かな」

   柱時計が鳴る音。

浩人「ただいま」

   沈黙。

浩人「(ため息)……」

   仏壇のお鈴(りん)が鳴る。

浩人「ただいま、父さん……」

   セミの鳴き声。

俊介(オフ)「おい! 浩人!」
浩人「な、何?」
俊介「この間はよくも引っ掻いてくれたな」
保「そうだそうだ! 浩人のくせに」
浩人「知らないよ」
俊介「どこ行くんだよ」
浩人「べつに……」
俊介「教えろよー!」
保「そうだ! そうだ!」
浩人「どこだっていいだろ!」
俊介「お前、むかつくな」
浩人「あっ! 返してよ! 僕の鞄!」
俊介「やだね! ほれっ」
保「やーい! 返してほしけりゃここまでおいで~」
浩人「返せよ!」
保「いぇ~い! 俊ちゃん! パス!」
俊介「おし! こっちこっち! あっ!」

   ガラスが割れる音。

保「やべっ」
俊介「保のバカ! ヒデじぃんちに入っちゃったじゃん」
保「ごめん」
俊介「あ~あ、まあいいや。どうせ浩人の鞄だし。それより、ヒデじぃに見
 つかる前に行こうぜ」
保「うん」
俊介「じゃあな、浩人。ヒデじぃに見つかんなよ」
保「見つかったら殺されるぞ」

   笑いながら去って行く俊介と保。

浩人「うぅ、どうしよう……行くしかないよね……」

   恐る恐る歩く浩人の足音。

浩人「うわぁ、草ぼうぼうじゃん。屋根もボロボロだし、壁にも穴あいてる
 し、ほんとお化け屋敷みたい……」

   木がガサガサ揺れる音。

浩人「うわっ!」

   カラスの鳴き声。

浩人「なんだ、カラスか……(ため息)もうやだ、帰りたいよ……どこだろ
 う、僕の鞄……あ、あった! よかった~」
川上(オフ)「おい!」
浩人「うわっ! わぁー!」

   ドサッと浩人がこける音。

川上「何やってんだ! 人んちの庭で!」
浩人「あ、あの、ぼ、ぼく、か、か」
川上「こらっ! お前、聞いてるのか?」
浩人「か、か、かか、かばん」
川上「おい! 大丈夫か?!」
浩人「かばん、かばん、うっ、うぅ……」
川上「おい! わかったから、落ち着け!」

   カラスの鳴き声。

浩人「うっ……ひっく……」
川上「まったく……腰抜かすことねぇだろ」
浩人「だって……」
川上「だってじゃない! 男だろ?!」
浩人「……」
川上「……うちにアイスあるから食え。ほんでもって元気出せ」
浩人「い、いらない」
川上「え? なんで?」
浩人「だっておじさん、怖い人なんでしょ? やだよ、僕、実験体にされる
 の」
川上「はぁ? なんだそれ?」
浩人「み、皆言ってるよ。おじさんの家から金属が擦れる音が聞こえてくる
 って。あれは変な実験しているからだって」

   川上の笑い声。

川上「その音はこれだ」

   金属が擦れる音。

川上「この工具を磨いてる音だ。あ、勘違いするなよ。仕事で使ってるだけ
 だ。変な実験なんてしてねぇ。あんな噂、嘘っぱちだよ」
浩人「え? そうなの?」
川上「そうだよ。信じろ。わしはそんな変なことしてるようなおっさんじゃ
 ねぇぞ。まあ、こんなところで突っ立ってんのもなんだ。さっさと中に入
 るぞ」

   ガラガラと玄関を開ける音。

川上「ふぅ~暑いな……ん? あがんないのか?」
浩人「だって……なんか、もわっとするんだもん」
川上「仕方ないだろ。うちはクーラーないからな。でも、こうして窓開けた
 らいい風が入ってくるんだぞ。ほら、涼しいだろ?」
浩人「う、うん」
川上「今、アイス持ってきてやるからな。その辺に座って待ってろ」
浩人「その辺ってどこ? 座るとこなんかないよ」
川上「あるだろ、その辺にさ。適当に場所つくって座れ」
浩人「なんだよ、あのおじさん……散らかりすぎだよ、この部屋。ゴミだら
 けじゃん。うわ……畳もボロボロだ」

   涼しげな風鈴の音。
   冷凍庫をガバッと開ける音。
   中をガサゴソ探る音。

川上「えーっと、アイスはどこだったかな……たしか、この辺にあった気が
 するんだが……うーん、あっ! あった、あった!」

   冷凍庫をバンッと閉じる音。

川上「ほれ」
浩人「ねぇ、これって食べても大丈夫?」
川上「大丈夫に決まってるだろ」
浩人「え~、でもなんかめちゃくちゃ古そうな気がするんだけど……賞味期
 限いつ?」
川上「何言ってんだ。アイスに賞味期限なんかないんだぞ」
浩人「え~ほんとぉ~?」
川上「いいから、遠慮しないで食え」
浩人「べつに遠慮なんかしてないよ」
川上「そういやお前、この辺じゃ見ない顔だな。最近、越してきたのか?」
浩人「うん」
川上「名前は?」
浩人「浩人、小西浩人」
川上「ふーん、浩人か」
浩人「おじさんは?」
川上「わしか? わしは周りからヒデじぃとか呼ばれてるおっさんだ」
浩人「ふーん。でも、おじさん。なんでヒデじぃなの? おじいさんって感
 じじゃないのに……」
川上「わしの本名は川上秀治と言ってな。下の秀治を呼び捨てにされてるだ
 けだろう」
浩人「ふーん」
川上「浩人もわしのこと、ヒデじぃって呼んでもいいぞ」
浩人「え、べつにどっちでもいいよ、そんなこと」
川上「そうか? 生意気だなぁ」
浩人「……」
川上「(ため息)……さて、割れたガラスの片付けでもするか。どうせま
 た、俊介と保にでもやられたんだろ……まったく、あの悪ガキ共に何回窓
 を割られたことか」
浩人「おじさん、あいつらのこと知ってるの?」
川上「ああ、転校生が来る度にいじめててな。その度にあいつら、鞄投げた
 りしてな。お前もそうだろ?」
浩人「え? な、なんでわかるの?」
川上「そんなの、お前の様子見てたらすぐわかる」
浩人「やっぱり、僕が弱いから?」
川上「自分が弱いとか気にするな。弱いことは悪いことじゃない。でもな、
 浩人。いじめる奴らは、いつも自分たちより弱い奴しかいじめることがで
 きねぇんだ。そんな情けない奴らより自分を信じて、どんと胸張ってろ」
浩人「おじさん……」

   ドサッと物が落ちる音。

川上「あ、おい! なんか落ちたぞ! ん? この本は……」
浩人「あっ! 返してよ!」
川上「なんだ、お前。宇宙飛行士になりたいのか?」
浩人「おじさんには関係ないよ! 僕、もう帰る!」
川上「おい! 待たんか!」

   遠ざかる川上の声。

浩人「どうせ、僕なんかが宇宙飛行士になれっこないよ」

   学校のチャイムの音。

俊介「あれ~浩人。鞄取ってこれたんだ。つまんねぇの」
保「ヒデじぃに見つかって、殺されたらよかったのに」

   馬鹿にしたように笑う俊介と保。
   風に揺れる木々の音。
   遠くに聞こえる子供たちが遊ぶ声。

浩人「(ため息)……」
川上「おい」
浩人「うわぁ!」
川上「何やってんだ? こんなところにひとりでいてよ」
浩人「べつに……おじさんには関係ないよ」
川上「そんなつれないこと言うなよ……って、おい?! どこに行くんだ! 
 まったく、逃げなくてもいいだろ。まあ、ここに座れよ」
浩人「うるさいな! どっか行ってよ! ここは僕の秘密基地なんだから
 ね」
川上「それは困ったなぁ。ここはわしの秘密基地でもあるんだぞ」
浩人「え?」
川上「ここでひとり、空を見上げるのが好きでな。ほら、高い場所だから、
 なんか空に手が届きそうな気がしねぇか?」
浩人「……」
川上「ま、おっさんの戯言だ」
浩人「……あっ! もしかして、これおじさんの?」
川上「ん? 何だ?」
浩人「鍵。この間、ここで拾ったのを持って帰っちゃったんだ」
川上「おお! それ探してたんだ。ありがとな」
浩人「……おじさん」
川上「なんだ?」
浩人「おじさんはどこか遠くに行きたいって思うことある?」
川上「そうだなぁ。行けるなら行ってみたいかな」
浩人「僕ね、宇宙に行こうと思ってるんだ」
川上「宇宙?」

   大笑いする川上。

浩人「やっぱりおじさんも馬鹿にするんだ」
川上「いやいや、すまん。そうじゃないんだ。浩人はなんで宇宙に行きたい
 んだ?」
浩人「あいつらがいないから。もう嫌なんだ。どうせ、どこに行っても一人
 なら、誰もいない宇宙で一人ぼっちの方がいいや」
川上「浩人……」
浩人「嫌なんだよ、もう……」
川上「……宇宙か。いいな、わしも行けるなら行きたい。でもお前、宇宙に
 はあいつらがいないから行きたいって言うけど、誰もいないとは限らん
 ぞ」
浩人「え? なんで?」
川上「地球外生命体ってのがいるだろ。いわゆる宇宙人ってやつだ」
浩人「宇宙人?! それってほんとにいるのかな~」
川上「あんな無限に広がる宇宙だ。そんなのがいてもおかしくはねぇ」
浩人「でも、本当に見たことないのは信じれないよ」
川上「わしは見たことあるぞ」
浩人「え~、嘘?!」
川上「嘘じゃない。今、世間では、やれ人類初の火星着陸だ、やれ飛躍的に
 伸びる人類の宇宙計画だとか騒いでるけど、あんなの古い古い。じつは
 な、ここだけの話……わしはもう宇宙に行ったんだ」
浩人「えっ! ほんと?!」
川上「あ、ああ」
浩人「宇宙のどこに行ったの?」
川上「いろんなとこ行ったぞ」
浩人「えー! 月は?」
川上「行った。ウサギに餅をごちそうになった」
浩人「じゃあ、火星にも行ったの?」
川上「ああ。でも、タコみたいな火星人はいなかったぞ。あれはイカだ。イ
 カの宇宙人だった。写真も撮ったぞ」
浩人「じゃあじゃあ、木星とか土星とか、あとあと……」
川上「木星も土星も、天の川にも行った行った。そうそう、天の川ではな、
 彦星と織姫が川越しに喧嘩してた」
浩人「あはは、嘘だぁ!」
川上「う、嘘じゃないぞ!」
浩人「だって、そんな話聞いたことも、見たこともないんだもん」
川上「わかった。そんな嘘だと思うなら、わしが宇宙船を作ってやるから、
 行って自分の目で確かめてくればいい」
浩人「ほんと?!」
川上「あ、ああ」
浩人「やったー! 約束だよ!」
川上「ああ、まかせとけ!」
浩人「でも、本当に宇宙に行くことなんてできるの?」
川上「ああ、できるさ。信じていれば必ずできる」
浩人「信じてれば?」
川上「そうだ、信じていればな」

   学校のチャイムの音。
   水がはねる音。

俊介「うわ、浩人。泳げねぇのかよ~!」
保「だっせぇ~」

   俊介と保の笑い声。

浩人「うっ……ひっく……うぅ……」
俊介「泣いてんじゃねぇよ! ばーか!」
保「きも~!」

   涼しげな風鈴の音。

川上「どうした? 浩人。元気ないな」
浩人「べつに……」
川上「さては、またあの悪ガキ共にいじめられたな」
浩人「うぅ……だって、僕、泳げないって……」
川上「なんだお前、泳げなかったのか?」
浩人「ヒデじぃも馬鹿にするの?」
川上「馬鹿にじゃねぇ。でもな、お前、その年にもなって泳げないって、か
 っこわるいぞ」
浩人「だって……」
川上「よし、今から近くの川に行くぞ! わしが泳ぎを教えてやる」

   川の水が流れる音。

浩人「ねぇ……ほんとにこんなとこで泳ぐの?」
川上「ああ、そうだ」
浩人「でも……」
川上「心配するな。わしがちゃんと教えてやるから大丈夫だ」
浩人「う~ん……」

   水がはねる音。

川上「ほら。こうやって水に顔をつけるだけだ。やってみろ」
浩人「怖いよ~」
川上「怖くない! ほら、目つぶってもいいからやってみろ」
浩人「できないよ~」
川上「やってもいないのに、そう簡単に諦めるな!」
浩人「うぅ……」
川上「さぁ、大丈夫だから。な?」
浩人「う……うん」

   水がバシャバシャはねる音。

川上「お、いいぞいいぞ! その調子!」
浩人「ぷはぁ!」
川上「浩人、すごいじゃないか! 大分泳げるようになってきたぞ」
浩人「えへへ」
川上「何事も諦めずにやることが大切だぞ! さぁ、今度はもうちょっと深
 い所で……うわぁ! (水がはねる音)」
浩人「ヒデじぃ!?」
川上「(溺れながら)た、助けてくれ! わしは泳げないんだ!」

   水がバシャバシャはねる音。

浩人「えぇっ?! どうしよう!」

   遠くで笛の音が響く。

警察官(オフ)「おいっ! 大丈夫か?!」
浩人「あっ! おまわりさん! ヒデじぃが! ヒデじぃが!」
警察官「今行くぞ!」

   水がバシャバシャはねる音。

警察官「はぁはぁ……よし、もう大丈夫だ」
川上「はぁはぁ」
浩人「ヒデじぃ~!」
警察官「ん? お前、川上だな。こんなところで何してる? この子は誰
 だ?」
川上「え、あ、いや。こいつはわしの甥っ子でして、えっと、その泳ぎの練
 習を……」
浩人「ヒデじぃ?」
警察官「甥っ子? 似てないなぁ……ったく、ここは遊泳禁止だぞ!」
川上「へぇ、すみません」
警察官「ちゃんと真面目に生活してるかと思えば……」
川上「(小声で)浩人、逃げるぞ」
浩人「え? え、え? ちょっと待ってよ! ヒデじぃ!」
警察官「待ちなさい! こらっ! 待ちなさい!」

   遠ざかる警察官の声。

浩人「はぁはぁ……ほら、やっぱりあそこで泳いじゃダメだったんだよ。そ
 れにヒデじぃも泳げなかったなんて……」
川上「あはは、バレちまったか」
浩人「もう、笑い事じゃないよ」

   浩人、川上につられて笑う。
   遠くでヒソヒソ話をする主婦たちの声。

主婦A「ほら、見てあの人。あの噂の人よ」
主婦B「もしかして、あの事件の?! やあね、あんな人が同じ町に住んで
 るなんて」
主婦A「やだ、子供も一緒よ。あの人の子供かしら?」
主婦B「そんなわけないでしょ? あんな人に子供がいるわけないじゃな
 い」
主婦A「大丈夫かしら、あの子。悪いことされてないといいけど……」
浩人「ヒデじぃ……」
川上「浩人、行こう」

   ヒグラシの鳴き声。
   浩人の家の玄関の扉を開ける音。

浩人「ただいま」

   沈黙。

浩人「今日も誰もいない……か」

   仏壇のお鈴が鳴る。

浩人「父さん……今日、僕泳げるようになったんだよ」

   風に揺れる木々の音。
   ヒグラシの鳴き声。

浩人「ねぇ、ヒデじぃの仕事って何してるの?」
川上「溶接工っていってな、金属をくっつける仕事をしているんだ」
浩人「へぇ~、そうなんだ……ねぇ、ヒデじぃ」
川上「ん、なんだ?」
浩人「ヒデじぃはずっと一人だったの?」
川上「どうした? 急に」
浩人「いや、べつに、なんとなく」
川上「……まあ、一応、もう一人ここにいたこともあったなぁ」
浩人「ふーん。もしかして、あそこにある写真のおばさん?」
川上「ん? あ、ああ、そうだよ」
浩人「なんで今は一人なの?」
川上「死んだんだよ」
浩人「そうなんだ……」

   沈黙。

川上「浩人、そろそろ帰りなさい。お母さんが心配してるぞ」
浩人「いいの。どうせ母さん、今日も仕事で遅いんだ」
川上「お父さんは?」
浩人「父さんは二年前に事故で死んじゃったから、いないよ」
川上「……そうか、すまん」
浩人「なんで謝るのさ」
川上「いや、べつに」
浩人「なんか変なの」
川上「……なぁ、浩人」
浩人「何?」
川上「お父さんがいなくて寂しくないか?」
浩人「う~ん……わかんない。でも……」
川上「でも?」
浩人「……家に帰っても誰もいないのは、ちょっと寂しいかな」
川上「そうか……」

   柱時計が鳴る音。

佐代子「ただいま」
浩人「おかえり。今日はいつもより遅いね」
佐代子「ごめんね、ちょっとバタバタしてて。今日も川上のおじさんとこ遊
 びに行ってたの?」
浩人「うん」
佐代子「そう……浩人、川上のおじさんは好き?」
浩人「うん、好き」
佐代子「会えなくなるのは嫌だよね?」
浩人「うん、嫌だけど……何?」
佐代子「あのね、浩人……じつはお母さんの仕事の都合で引越すことになっ
 たの」
浩人「引越し?」
佐代子「そう」
浩人「それってすぐなの?」
佐代子「まだ具体的には決まってないけど、早ければ再来週にはここを出て
 行かないといけないかもしれないわ」
浩人「え、そんなに?」
佐代子「それまでに身の回りのもの、ちゃんとまとめておいてね」

   風に揺れる木々の音。

川上「どうした? 急に秘密基地に行きたいなんて言いだして」
浩人「べつに……」
川上「久しぶりだな、この公園に来るの」
浩人「うん」

   沈黙。

浩人「ヒデじぃ、見て見て! すごい星!」
川上「おお、すごいな」
浩人「なんで空には、あんなたくさんの星があるのかなぁ」
川上「それはな、人は死ぬと星になるんだ」
浩人「え、星に?」
川上「そう、星になるんだ。今までいろんな人が生まれて死んで、それを繰
 り返して、あの空に星が増えていったんだ」
浩人「またぁ、そんなことあるわけないじゃん」

   静かに笑う浩人。

川上「いやいや、本当だって」
浩人「へぇ~……じゃあ、あそこにいるのは死んじゃった人達なの?」
川上「そう。だから、お前の父さんもあそこでお前のこと見守ってくれてる
 よ」
浩人「ふふっ、そっか……じゃあ、あの写真のおばさんもあそこにいるんだ
 ね」
川上「え?」
浩人「だって、死んだ人は星になるんでしょ?」
川上「……」
浩人「……ヒデじぃ?」
川上「……ふっ、そうだな……わはは、そうだ、そうだ」
浩人「ヒデじぃ……」
川上「そうだ……浩人、お前にいいものやろう」
浩人「え? なになに?」
川上「これだ」
浩人「これは……鍵?」
川上「そうだ。宇宙船を作ってる部屋の鍵だぞ」
浩人「え? 宇宙船の?」
川上「ああ。いいか? 宇宙に行くその日まで大事に持っておくんだぞ」
浩人「うん。ねぇ、ヒデじぃ。僕、宇宙に行けるよね?」
川上「心配するな、行けるさ。信じていれば必ず行ける。信じるんだ」
浩人「うん。信じるよ、僕」

   風に揺れる木々の音。
   学校のチャイムの音。

俊介「浩人。お前、最近ヒデじぃのとこばっかり行ってるらしいな。何して
 んだよ」
浩人「べつに、何でもないよ」
保「なんだよ。言えよ」
浩人「……僕は宇宙に行くんだ。その準備だよ」

   俊介と保の笑い声。

俊介「こいつ、宇宙に行くとか言ってやがんぜ」
保「子供がどうやって宇宙に行くんだよ」
浩人「宇宙船で行くんだ」
保「宇宙船?! そんなのどこにあるんだよ!」
俊介「そうだそうだ! 嘘つき!」
浩人「嘘つきじゃないもん! ヒデじぃが作ってくれてるもん!」
俊介「ヒデじぃなんかに作れるもんか! 嘘つき浩人~! ヒデじぃも嘘つ
 きだ!」
浩人「ヒデじぃは……う、嘘つきじゃないやい!」
俊介「いいや、嘘つきだね。だって、ヒデじぃは昔、人に嘘ついてお金取っ
 てた悪い奴なんだぜ」
浩人「う、嘘だ!」
俊介「嘘なもんか。俺の母ちゃんが言ってたもん」
保「俺の母ちゃんも、ヒデじぃは人殺しだって、近所のおばちゃんたちと話
 してるの聞いたことあるぜ」
俊介「あ、知ってる! ヒデじぃは今でも悪い奴なんだ。警察だって見張っ
 てる。お前もヒデじぃと一緒にいると、警察に捕まるぞ!」
浩人「そんな……嘘だ!」
俊介「嘘だと思うなら、ヒデじぃに聞いてみろよ」
保「嘘つきだから本当の事教えてくれないかもな」

   遠ざかる俊介と保の馬鹿にしたような笑い声。
   柱時計が鳴る音。

浩人「ただいま」

   佐代子が電話で話している声が微かに聞こえる。

佐代子「えぇ?! それって本当?……全然知らなかったわ……うん……そう、
 うちの子がね……そうね、言ってみるわ……(電話を切る)」
浩人「母さん?」
佐代子「(浩人に気付かずため息)……」
浩人「(さっきより強めに)母さん?」
佐代子「え?! あ、ひ、浩人? 帰ってたの?」
浩人「どうしたの?」
佐代子「いや、べつに、なんでもないのよ」
浩人「……そう?」

   沈黙。

浩人「……ねぇ、母さん」
佐代子「ん?」
浩人「僕、宇宙に行けるかなぁ?」
佐代子「そうね、大人になって宇宙飛行士になれたら行けるかもね」
浩人「違うよ。大人になってからじゃなくて、今だよ」
佐代子「今?」
浩人「うん、今」
佐代子「そんなの無理よ」

   佐代子の笑い声。

佐代子「宇宙なんて、そう簡単に行けるわけないでしょ」
浩人「そうなの……?」
佐代子「そうよ。大人になってちゃんと訓練して行くものなのよ。子供が行
 くだなんて。もう、浩人ったら」
浩人「じゃあ……大人になって、宇宙に行ったら、父さんに会える?」
佐代子「何言ってるの。会えるわけないでしょ」
浩人「え?」
佐代子「お父さんはもういないの」
浩人「……」
佐代子「浩人……約束したよね? これからは二人で頑張っていこうって。
 強くならなくちゃ、男の子でしょ?」

   風に揺れる木々の音
   虫の鳴き声。

佐代子「ねぇ、浩人……もう川上のおじさんに会っちゃだめよ」
浩人「え? なんで?」
佐代子「近所の奥さんが言ってたわ。あの人、昔悪いことして警察に捕まっ
 たらしいのよ。そんな人と付き合っちゃだめ」
浩人「嘘だ! ヒデじぃ、そんなこと全然言ってなかったよ」
佐代子「そんなの信用できないわよ。何でもほいほい信じちゃだめ! い
 い? わかった?」
浩人「そんな……」

   ガラガラと川上の家の玄関の扉を開ける音。

浩人「ヒデじぃ!」

   扉を勢いよく閉める音。

川上「お、浩人か」
浩人「何? 今の」
川上「ん?」
浩人「何か今隠したよね?」
川上「いいや、何も隠してないぞ」
浩人「嘘だ! ヒデじぃは僕にいっぱい隠し事してる。嘘ついて騙してる」
川上「何を騙してるって言うんだ」
浩人「だってヒデじぃは昔、悪いことして捕まったって……あの噂は本当な
 の? ヒデじぃは本当は悪い奴なの?」
川上「疑っているのか? 浩人……なんでそんなこと言うんだ?」
浩人「だって……み、皆が……あの時だって、お、おまわりさんに言われてた
 し……」
川上「浩人……」
浩人「母さんだって言ってた。何でも信じちゃだめって……僕も、その……信
 じてたけど、やっぱり……」
川上「……そうか。お前もやっぱり……わかった、もういい。もうここには来
 るな。今のお前に宇宙なんか行けるわけない」
浩人「え?……ヒデじぃ、僕……」
川上「……いいから、さっさと出て行け!」
浩人「うっ……」
川上「浩人!」

   遠ざかる川上の声。
   風に揺れる木々の音。
   浩人の家の玄関の扉が開く音。

佐代子(オフ)「ただいま~」

   近づいてくる佐代子の足音。
   パチッと部屋の明かりを点ける音。

佐代子「浩人いるの? 電気も点けないでどうしたの~?」
浩人「……べつに」
佐代子「そう? すぐにご飯の支度するからね」

   学校のチャイムの音。

俊介「あ! 嘘つき浩人~!」
保「嘘つき! 嘘つき!」
浩人「……」
俊介「おい! 無視すんなよ!」
浩人「……」
俊介「あいつ、どうしちゃったんだよ」
保「さぁ……」

   柱時計が鳴る音。
   パチッと部屋の明かりを点ける音。

佐代子「浩人、最近変よ。電気も点けないで。何かあったの?」
浩人「べつに……なんでもないよ」
佐代子「そう……ならいいけど、来週の引越しの準備進めておいてよ。もう
 時間もないんだからね」
浩人「わかってる……」

   風に揺れる木々の音。
   遠くに聞こえる子供たちが遊ぶ声。

浩人「ヒデじぃなんか信じた僕が馬鹿だった。この鍵だって……こんな
 鍵……」

   浩人のすすり泣く声。
   セミの鳴き声。
   バスが近づいてくる音。

佐代子「浩人、バス来たよ」
浩人「うん」
佐代子「次に住む町、良い所だといいね」
浩人「うん……」

   バスの扉が閉まる音。
   バスが走っていく音、F・O。
   都会の雑踏の音、F・I。
   携帯電話の着信音。

浩人(40)「もしもし……ああ、吉村。いや、昔住んでた町に戻るだけだ
 よ……べつに、そんなことじゃねぇよ……うん……うん、わかった。じゃあ
 な」

   読経の声。
   木魚を叩く音、F・O。
   風に揺れる木々の音。

浩人「変わってねぇな、この家も」

   ガラガラと玄関の扉を開ける音。

浩人「うわぁ……あの時のまんま。何も変わってない。いや、三十年分、古
 くはなっているか」

   鍵がかかって開かない扉。

浩人「そういや、あの時の鍵……捨てれなかったんだよな」

   鍵穴にさす音。
   鍵が開く。
   扉が開く。

浩人「これは……宇宙船?! つぎはぎだらけでボロボロじゃねぇか。こん
 な宇宙船で宇宙に行こうとしてたのか? あはは、これじゃ子供だましだ
 よな」

   静かに笑う浩人。

浩人「でも、大人になった今ならこれでもいいって思えるよ、ヒデじぃ……
 人生なんかそう簡単にうまくいくことなんかない。でも無理だとわかって
 てもがむしゃらにあがいてみるのもいいじゃないかって」

   沈黙。

浩人「ヒデじぃ……もう一度、信じてみてもいいかな?」

   ロケットを整備する音。
   金属を打ち付ける音が響く。

浩人「俺が火星に?」
吉村「火星移住計画によって、火星の基地に赴任する者を探してるんだ。お
 前は現場向きだ。どうだ、やってみないか?」
浩人「……そうだな。一からやり直してみるか」
吉村「よかった! そう言ってくれると信じてたぜ」
浩人「信じる……か」
吉村「おっ! 向こうの発射台から宇宙船が飛び立つぞ。お前があれに乗る
 日もそう遠くはないな」
浩人「ああ、そうかもな」

   宇宙船が飛び立つ音が響く。

浩人「ヒデじぃ、行ってくるよ」

                              (了)

いいなと思ったら応援しよう!