映像シナリオ「食いしん坊万歳!」
概要:シナリオ講座と勉強会にて執筆。尺は約68分。2017/05/25作。
【登場人物】
大渕峰子(36・5・17)食いしん坊なОL、オムライスマニア
渡辺里香(27)グルメ雑誌の記者
三村京子(49)自己中心的な主婦
片岡多恵(36・17)峰子の友人
富田正彦(56)食堂『富士家』の店主
犬山武士(56)地元住民、猟師
森川修(43)峰子の指導医
石垣文子(39)看護師
三村信夫(50)京子の夫
宮城朋美(24)峰子の職場の事務員
増田源(72)地元住民
川端裕樹(25)売店の店員
小島浩之(55)地元住民、猟師
山永史郎(45)峰子の職場の上司
〇洋食レストラン・店内
ランチタイムで賑わう店内。
大渕峰子(36)、片岡多恵(36)とオムライスを食べている。
峰子のオムライスのサイズは大盛り。
峰子「ふわとろの卵が絶品!」
多恵「ほんと、ここのオムライスも美味しいね」
峰子「昨日の創作系のもいいけど、やっぱりこの定番の安定感よ」
多恵「間違いないね」
峰子と多恵、楽しそうに笑う。
〇峰子の職場・オフィス内
輸入食材を扱う小さな会社。
峰子、オムライスグッズ(マグネット・付箋等)で溢れたデスクに向
かい、事務作業をしている。
宮城朋美(24)、健康診断の結果が入った封筒を配っている。
朋美「この間の健康診断の結果でーす」
峰子、朋美から封筒を受け取り、中の診断書を見る。
峰子の隣の席に座っている多恵、峰子の診断書を覗き込む。
多恵「どうだった?」
峰子の診断書のコレステロール値が異常な数値になっている。
峰子、診断書を手に固まる。
〇病院・診察室
峰子、無表情の森川修(43)と向き合って座っている。
森川「大渕さん。たしか、オムライスがお好きだと」
峰子「ええ」
森川「じゃあ、今日からオムライス禁止で」
峰子「えぇっ?!」
森川「食事制限、頑張っていきましょね」
森川、峰子には目を向けず、淡々と言い放つ。
峰子、森川に食らいつきそうな勢いで訴える。
峰子「なんで私だけ? 多恵、ああ、片岡さんも同じような食生活ですよ」
険しい表情でカルテを見つめる森川、峰子に冷たい視線を向けため息
をつく。
森川「このまま死んでもいいんですか?」
峰子、驚いた様子で森川を見る。
森川「じつは……(姿勢を正す)」
〇同・廊下
診察室から出てきてうなだれる峰子。
峰子、帰ろうとして、ストールを忘れている事に気づき、再び診察室
へ入る。
〇同・診察室
そっと中に入ってくる峰子、忘れ物のストールを取って出ようとす
る。
峰子が入ってきた事に気づいていない森川と看護師の石垣文子(39)
の会話が聞こえてくる。
文子「かわいそうに……動脈硬化が進み心筋梗塞になるのも、時間の問題で
すよ」
森川「LDLコレステロール値がこんなに高けりゃねぇ……大渕さんには、
早急に食生活の改善を促したものの……(ため息)」
文子「やはり、本人にはっきりと余命を伝えた方が」
森川「う~ん……」
呆然と立ち尽くす峰子、ハッと我に返り、慌てて外へ出る。
バタンと閉まる扉の音に、顔を見合わせる森川と文子。
〇大渕家(夜)
峰子の一人暮らしの部屋。
部屋のインテリアは、赤、黄色、白のオムライスカラーがメイン。
峰子、暗い表情でファイルを眺めている。
ファイルには、今まで食べたオムライスの写真またはイラスト、特
徴、店の情報等が大量に書かれている。
表紙には『目指せ! 全国のオムライス完全制覇!』をと書かれてい
る。
峰子、ため息をつきファイルを閉じる。
〇峰子の職場・オフィス内
休憩中。
自分のデスクでうなだれる峰子、オムライスグッズを暗い表情でいじ
っている。
峰子「……このまま死ぬのかな、私」
隣に座っている多恵、心配そうに峰子を見る。
峰子「どうせさ、あとちょっとで死ぬんだったら、その前に思う存分食べた
い!」
峰子、オムライスグッズをギュッと握る。
峰子を見つめる多恵、少し考えてから話し始める。
多恵「……それなら、良いお店があるの」
峰子、多恵を見る。
多恵「知り合いから聞いたんだけど、まだ雑誌にも紹介されていない、すっ
ごくおいしい店があるらしいの」
峰子「あるらしいって……場所は?」
峰子、興味なさそうにしつつも尋ねる。
多恵「たしか、奥多摩の方だったかな? もらった地図見てみないとわかん
ないけど、とにかく山奥」
峰子、露骨に嫌な表情になる。
峰子「山奥~? 行くまでがね……」
多恵「でも、そこのオムライスは絶品らしいよ」
峰子「えっ? オムライス?!」
身を乗り出す峰子。
多恵「食べなきゃ絶対後悔するって。今度の休みに行こう」
峰子、うんうんと大きく頷く。
〇大渕家(朝)
峰子、楽しみな様子で出かける準備をしている。
峰子のスマホが鳴る。
峰子「もしもし……えっ? 行けない?!」
〇片岡家(朝)
多恵の一人暮らしの部屋。
おでこに冷えピタでパジャマ姿の多恵、電話をしながらベッドで寝込
んでいる。
多恵「ごめん……」
〇大渕家(朝)
峰子、不機嫌な様子で電話している。
峰子「え~一人は嫌だよ。絶対迷うし」
多恵の声「大丈夫、地図送るから」
峰子「でも~」
多恵の声「もしかしたら、これがラストオムライスになるかもしれないんで
しょ?」
峰子「う……」
多恵の声「それなら頑張って行ってきなさい! ね?」
峰子「う~ん……」
峰子、不満そうにしながら、パソコンのプリンターから、地図をプリ
ントアウト。
電話を切る峰子、プリントアウトされた地図を片手に真剣な表情。
〇とある地方の小さな町・駅前
さびれた駅前。
ちょっとしたハイキングといった格好の峰子、無人駅の改札を出る。
不安そうにキョロキョロしながら近くのバス停に立つ峰子。
〇バス車内
一人バス乗車中の峰子、窓から見える景色を見つめる。
窓の外は鬱蒼とした木々だらけ。
〇山の麓・バス停
さびれたバス停に降り立つ峰子、不安そうに周りを見ながら、地図と
山を見比べていると、通りかかった増田源(72)に声をかけられる。
増田「あんた、これから山登んのかい?」
峰子「え、ええ、そうですけど……」
増田「そんな恰好じゃダメだよ。もっとちゃんと装備整えなきゃ」
峰子「はぁ……」
戸惑った様子で答える峰子。
〇売店・店内
登山用品、土産物、喫茶スペース等、一通り揃っている店。
峰子、チョコバーや菓子パンばかり入れたカゴをレジに置く。
店員の川端裕樹(25)、レジを打ちながら峰子に話しかける。
川端「もしかして、山奥の店行くんすか?」
峰子「はい」
川端「それじゃあ(入山者リストを取り出し)これに署名してもらっていい
っすか?」
峰子「えっ?」
不思議そうにリストを見る峰子に、軽い調子で話す川端。
川端「迷う人多いんすよね」
峰子、署名する。
川端、リストを見ながら呟く。
川端「あれ? この人、まだ下山してないのかぁ?」
峰子、何気なく川端の方を見る。
〇山の麓・登山口
峰子、地図を確認していると、登山口近くの改装工事中の食堂から、
犬山武士(56)が出てくる。
犬山「おい」
峰子、犬山を見る。
犬山「山ん中のオムライス食いに行こうとしてんだろ」
峰子「え、ええ、そうですけど」
犬山「やめとけ」
峰子「は?」
犬山「迷惑してんだ。毎度毎度テキトーな地図で迷う奴ばっかで、誰が助け
に行ってやってると思う? こっちだって暇じゃねぇんだよ」
峰子「大丈夫です。私、迷いませんから」
犬山「すげぇ自信だな、お前」
峰子「命賭けてますから」
犬山「(鼻で笑って)遭難しても知らねぇからな」
峰子、山を見上げる。
〇山の中・登山道1
峰子、一人黙々と鬱蒼とした山林の間を、地図を見ながら歩く。
手書きで大体の道筋だけの地図。
峰子「何よ、この地図。今どこ? 迷った? いやいや、迷ってない。迷っ
てたまるかって(枝が服に引っかかって)ああ、もう!」
疲れた様子で立ち止まる峰子、鞄からチョコバーを二本取り出す。
峰子「(チョコバーをじっと見つめ)非常時のための非常食……だもんね」
峰子、チョコバーをおいしそうに食べ始める。
× × ×
二本目ののチョコバーをおいしそうに食べながら歩く峰子、分かれ道
に来る。
峰子「あぁ、おいしい……これ、どこの? (パッケージを見て)ああ、や
っぱおいしいわ。帰ったら買いだめしよっと」
地図より食べる方に集中している峰子、分かれ道にある草に覆われ見
づらい看板を見落とし、看板とは違う方向へ歩いていく。
× × ×
息を切らしながら歩く峰子、菓子パンを食べながらふと辺りを見回
す。
鬱蒼とした木々ばかりで道が見当たらない。
峰子「ん~?」
首を傾げる峰子、地図をいろんな方向に回して見てみる。
峰子「全然わからない……」
峰子、呆然と立ち尽くす。
峰子、ウッと心臓を押さえる。
文子の声「かわいそうに……動脈硬化が進み心筋梗塞になるのも、時間の問
題ですよ」
不安そうな表情の峰子。
峰子「ダメダメ! 先へ進まなきゃ。よし!」
峰子、息を整えてまっすぐ前を見る。
〇同・登山道2
菓子パン片手に疲れた様子で座り込んでいる峰子。
ため息をつく峰子、来た道を振り返る。
鬱蒼とした木々に囲まれた道。
峰子「ここ、どこよ……(パンをかじる)」
峰子、無心で菓子パンを食べ続け、鞄から持ってきた水を取り出す。
峰子「(飲もうとするが空っぽ)なによ、もう!」
峰子、鞄の中をガサゴソと探る。
峰子「えー! ああ、もっと買っときゃよかった~!」
肩を落とす峰子、ひっそりと静かな山林の中を不安そうに見る。
ガサガサと少し離れた場所から物音がする。
峰子「ヤダヤダ、こんなとこで死ぬ気ないわよ」
峰子、おずおずと立ち上がり、逃げるように歩いていく。
〇同・鬱蒼とした森1
途方に暮れた様子で立つ峰子、鞄からスマホを取り出す。
峰子「これこれ、この存在忘れてたわ」
少し希望を持った表情の峰子、スマホで現在地を検索しようとする
が、電波がない。
峰子「ああ、もう!」
スマホを振ったり叩いたりイライラした様子の峰子、スマホを投げよ
うとするが、背後から物音がする。
怯えた様子で振り返る峰子。
鬱蒼とした茂みから、重装備で薄汚れた格好の渡辺里香(27)が出て
くる。
峰子・里香「うわぁ!」
お互い驚く峰子と里香。
峰子、里香に近づく。
峰子「よかった~! 人がいて。迷ってたんです~! 助けてください!」
若干引き気味の里香、困惑した表情。
里香「……私も迷ってます」
峰子「え?」
固まる峰子。
峰子と里香、お互い苦笑い。
× × ×
峰子と里香、二人並んで座り込み途方に暮れた様子。
里香、鞄から食料を取り出し、峰子にも分ける。
峰子、里香から分けてもらった食料を食べ始める。
峰子「ねぇ、ここまでどうやって来たの?」
里香「えっと、麓の登山口で署名して、一つ目の分かれ道を看板の方へ曲が
って、次の分かれ道で……」
〇(回想)山の中・登山道3(二日前)
地図を見ながら歩く里香、看板を見落とし、違う方向へ歩いていく。
〇山の中・鬱蒼とした森1
里香「たぶん、あそこで。もう、かれこれ二日くらい迷ってますよ」
峰子「えっ? 二日も?!」
〇(回想)売店・店内
川端、リストを見ながら呟く。
川端「あれ? この人、まだ下山してないのかぁ?」
峰子、振り返って川端の方を見る。
〇山の中・鬱蒼とした森1
ハッとなる峰子、ボソッと呟く。
峰子「この子か……」
里香「ん?」
不思議そうに見る里香。
峰子「あ、いや、なんでもない」
峰子、苦笑い。
峰子「里香さんも山奥の店へ?」
里香、食べながらぽつぽつと話し始める。
里香「はい。雑誌の取材で」
峰子「へぇ~」
里香「この年にもなると、上からも下からもプレッシャーばかりで」
峰子「うん」
里香「何とか打開したいんですよね」
峰子「ふ~ん」
峰子、食べる事に夢中で生返事。
真剣な表情で語る里香、次第に熱くなる。
里香「私、賭けてるんです、あの店に。絶対に辿り着いてみせるんです……
って聞いてます?」
峰子「(食べながら)うんうん」
峰子、明らかに聞いてなさそうに答える。
里香、おいしそうに食べる峰子の様子を見て、諦めて食べる事に集中
する。
× × ×
峰子と里香、食事が終わった様子。
里香「とりあえず、行きますか」
峰子と里香、地図を見る。
里香の地図も手書きで大体の道筋だけの地図。
峰子「あなたのもそんな地図?」
里香「ネットで出回ってるのは、こんなのばっかですよ」
峰子「え~? そうなの?! 本当に店あるのかしら……」
里香「さぁ? 知りませんけど、それを今から探しに……っと」
里香、ポケットから方位磁石を取り出し、確認。
里香「おそらく……こっちですね」
里香、歩き出す。
峰子「本当にそっち~?」
里香「さぁ? 知りませんけど、北はこっちってさしてます」
峰子「ねぇ……本当に大丈夫~?」
不安そうについていく峰子。
〇同・岩場
息をきらしながら立ちすくむ峰子と里香。
里香「迷いましたね……」
峰子「ほらぁ~、やっぱり~」
里香「う~ん、下りる道探しましょうか。辿りつきそうにないですし……」
峰子、里香から方位磁石を取り上げる。
峰子「ダメダメ! これは食の神様に試されているのよ!」
里香「は?」
峰子「私は諦めるわけにはいかないのよ」
里香「でも……」
峰子「大丈夫! なんとかなるわよ! あなただってここで諦めていい
の?」
里香「(少し考えて)いえ、私も諦めるわけにはいきません!」
峰子「でしょ? この試練を乗り越えてこそ、私たちの明るい未来が待って
いるのよ」
里香「ですよね~。行きましょう! 私たちの明るい未来へ向かって!」
方位磁石を手に先に進む峰子に、意気揚々とついていく里香。
〇同・川の近く
険しい表情の峰子と里香、座り込んで息を整えている。
峰子「(ため息)どこが明るい未来よ……」
水が流れる音が聞こえてくる。
里香「近くに沢でもあるんじゃないですか」
嬉しそうな峰子と里香、足取り軽く音のする方へ急ぐ。
小さな川が流れており、水も綺麗な様子。
峰子「(ごくごくと飲み)あ~生き返る~!」
峰子と里香、各々持っていた水筒やペットボトルに水を入れる。
〇同・けもの道1
道なき道を歩く峰子と里香。
近くの藪からガサガサと物音がする。
峰子と里香、不安そうに立ち止まる。
里香「そういえばこの山、いるんですよね」
峰子「何が?」
藪の中からイノシシが飛び出してきて、峰子と里香に向かって突進し
てくる。
慌てて逃げる峰子と里香。
迫るイノシシ。
必死に逃げる峰子と里香。
銃声が響く。
倒れるイノシシ。
息を整える峰子と里香に、猟銃を持った犬山と小島浩之(55)が近づ
いてくる。
峰子「あっ……」
気まずい様子の峰子と里香を、冷たい表情で見る犬山、「ふんっ」と
いった様子。
犬山「(峰子たちをじろりと見て)迷わないんじゃなかったのか?」
峰子「ま、迷ってません!」
犬山「(鼻で笑って)店と逆方向にいるのに?」
峰子「えっ?」
犬山、峰子が持っている地図をひったくる。
犬山「お前らが今いるとこはここ。店はここ」
峰子「えっ? こんなとこ?!」
峰子と里香、犬山から突っ返された地図をまじまじと見る。
犬山「もう諦めて下山しろ」
峰子「でも……」
峰子と里香、犬山の態度に困惑した様子で顔を見合わせる。
犬山、仕留めたイノシシを担ぐ小島と共に、下山しようとする。
犬山「ついてこい」
ムッとした表情の峰子と里香、互いに顔を見て頷く。
峰子「行きません!」
犬山、振り返って睨む。
峰子と里香、怯みながらも睨み返す。
犬山、じっと峰子と里香を見る。
犬山「勝手にしろ」
犬山、小島を促し去っていく。
里香「……これでよかったんですよね?」
峰子「ええ……私たちは諦めるわけにはいかないんだから」
里香「そうですよ。さぁ、先を急ぎましょう」
峰子、何か落ちているのに気づき拾う。
薄汚れた小さな巾着袋。
峰子、中を見ると小さな古い写真。
写真に写る若かりし頃の犬山と同年代の男。
里香「峰子さん」
先に行く里香に呼ばれる峰子、犬山の方を気にしつつ、写真を巾着袋
に入れ先を急ぐ。
〇同・けもの道2(夕)
少し暗くなってきた道なき道を歩く峰子と里香。
里香「さっきの人たち、嫌な感じでしたね」
峰子「うん」
峰子、後ろを気にする。
里香「こうなったら、何としてでも見つけてやりましょうね!」
地図を確認する峰子と里香。
里香「(地図を指差しながら)さっき指差していた所がこの辺りだから……
私たちはここ、山の北側にいるみたいですね」
峰子「登山口が南側にあって、店はこの間、西寄りの場所か……よし、あと
は方位磁石で……」
峰子、ポケットを探るが、方位磁石がない様子。
里香「まさか……」
峰子「(頷き)……落としたみたい(苦笑い)」
里香「もう! 肝心な時に~!」
峰子「(ぶすっとして)仕方ないじゃない!」
里香「そうだ! アプリの(スマホを取り出す)」
峰子「ここ電波ないから無理じゃない?」
里香「電波なくても使えるんですよ(スマホ操作するが)ああ、ダメ
だ……」
峰子「何? 使えるんじゃないの?」
里香「(シャットダウンする画面を見せ)電池切れ……」
峰子「(ため息)あ、私の(スマホを取り出そうとする)」
里香「あるんですか?!」
峰子「(動きを止め)……あ、ダウンロードしてない」
里香「じゃあ、意味ないじゃん!」
うなだれる峰子と里香。
近くの藪からガサガサと物音がする。
顔を見合わす峰子と里香。
峰子「……またイノシシ?」
里香「まさか、違いますよ」
峰子「じゃあ何?」
里香「何って……この山、こっちも出るらしくて……」
里香、両手を前にぶらっと下げて幽霊のポーズ。
辺りも暗くなっており怖くなってきた峰子と里香、こわばった表情で
お互いを見る。
峰子、身構えながら周りを見る。
里香、鞄からお札や十字架を取り出し、周りを警戒する。
真っ赤なワンピースにハイヒールの三村京子(49)が藪をかき分け出
てくる。
峰子「で、出た~!」
怯える峰子と里香、声にならない声を出しながら慌てて逃げようとす
る。
峰子、腰を抜かして動けない。
里香、峰子を置いていこうとする。
峰子「置いていかないで~!」
里香、峰子に足をつかまれてこける。
逃げようと抵抗する里香と逃がすまいと掴む峰子、もみくちゃ状態。
近づいてくる京子。
京子「ちょっと!」
怯える峰子と里香。
京子「私、お化けじゃない! 人間よ!」
峰子・里香「へ?」
峰子と里香、拍子抜けした表情。
京子「まったく……失礼ね」
落ち着く峰子と里香に、憤慨する京子。
峰子、京子の足元を見る。
泥まみれのハイヒール。
京子、峰子の視線に気づき、言い訳するように話し始める。
京子「仕方ないでしょ。東側の遊歩道で喧嘩したのよ。夫と。あんな奴の顔
見たくなかったから、ちょっと曲がってみたら(ため息)まさかこんなと
こまで迷うなんて」
ぶすっとした表情の京子を見る呆れ気味の峰子。
里香「どこにでもハイヒールで行っちゃう女なのよ」
ぼそっと悪態をつく里香。
気づいていない様子の京子、高圧的な物言いで話す。
京子「ねぇ~何か食べるもの持ってな~い? もうお腹ペコペコなのよ」
峰子「ああ、私たちも迷っている最中で」
京子「何それ最悪」
里香、京子を嫌そうに見る。
里香「こんな奴置いてさっさと行きましょうよ」
里香、峰子を促す。
京子、キッと里香を睨む。
京子「ちょっと! 私も連れて行きなさいよ!」
睨み返す里香。
里香「確実に足手まといになる奴、どうして連れていかなきゃいけないの?
ね?」
峰子に同意を求める里香。
峰子、困惑した表情で愛想笑い。
京子「何よ、小娘が偉そうに」
里香「黙れ、ババア」
京子「はぁ?」
里香と京子、睨み合う。
峰子「まあまあ……」
峰子、里香と京子の間でおろおろしていると、誰かのお腹が空腹で鳴
る音がする。
峰子、里香、京子、無言で顔を見合わせる。
峰子「……とりあえず店に行こうよ」
里香「そうですね」
京子「店って?」
峰子「山奥にあるオムライスの店」
京子「ふ~ん」
里香「でも……(辺りを見回す)」
日が暮れようとしている。
峰子「野宿……」
里香「ですね」
大きくため息をつく京子。
〇同・鬱蒼とした森2(夕)
里香、自身の巨大なリュックからテントを取り出し設営する。
三人には小さすぎるテント。
京子、そのテントを独占しようとする。
里香「ちょっと! 勝手に使うな!」
京子、里香を一瞥してから無視。
里香「このババア!」
里香、京子につかみかかり、取っ組み合いになる。
里香「聞けよ!」
京子「きゃっ! 何すんのよ!」
里香「(京子をポコポコ叩きながら)このっ! このこのこのっ!」
京子「痛~い! 痛い痛い痛い!」
峰子、二人を無視して、一人黙々とたき火の準備をする。
× × ×
峰子、里香、京子、たき火を囲む。
辺りに聞こえる鳥の鳴き声や風に揺れる枝の音。
それらにびくびくしながら、話し合う峰子、里香、京子。
里香「このまま進むか否か……」
京子「私、帰りた~い」
里香、京子を睨む。
峰子「……私は行くよ」
京子「えっ? 行くの?」
真剣な表情の峰子。
峰子「そのためにここまで来たんだから」
里香「私も……行きたいです」
京子「え~?! そんなに行く価値がある店なの~?」
峰子「はい」
里香「行きましょう、峰子さん」
峰子「そうね」
京子「でも、あなたたち、その前に」
誰かのお腹が鳴る。
同時にため息をつく三人。
峰子、ふと顔を上げると、少し離れた先に何か動くものを見つける。
峰子、よく見ると、烏骨鶏が一羽いる。
峰子、驚いて立ち上がり追いかける。
峰子「オムライス~!」
逃げる烏骨鶏、いなくなる。
里香「どうしたんですか?!」
峰子「いや、さっき、ここに」
見失う峰子、キョロキョロ烏骨鶏を探す。
京子「何よ」
峰子「鶏がいたの」
里香「はぁ?」
京子「(鼻で笑って)こんな山の中にいるわけないじゃない」
呆然と立ち尽くす峰子。
峰子「白くて黒い……あれ、たしか烏骨鶏……」
京子「何? 烏骨鶏?」
京子、峰子に食いつく。
京子「ちょっと、それ本当?! 見たの?」
峰子「え、ええ、たぶん」
峰子、京子に勢いに若干引き気味。
京子「ヤダ! 信じられな~い!」
里香「何、おばさん、テンション上げちゃって」
京子「(里香を無視して)私、烏骨鶏の卵に目がないのよ」
峰子「はぁ……」
京子「もしかして、その烏骨鶏、山奥の店の……」
峰子、ピンときた表情になり、京子と嬉しそうに頷く。
京子「私も行く! 行きたい! そのお店、絶対行くのよ!」
峰子「行こう! 行きましょう! 皆で!」
盛り上がる中、ふと思い出したように静かになる峰子、里香、京子。
峰子「お腹すいた……」
京子「(里香に)何か食べれそうな物、探しに行ってきなさい」
里香「はぁ? なんで私が?」
京子「一番若いんだから動けるでしょ」
里香「何?!」
京子「何なら、さっきの烏骨鶏でもいいのよ」
里香、京子を睨みつける。
峰子「まあまあ……里香ちゃん、私も行くから」
二人をなだめる峰子、里香と食べ物を探しに行く。
〇同・鬱蒼とした森3(夕)
峰子と里香、食べられそうな物を探している。
里香「(やる気なさそうに)無いですね~」
峰子「(必死そうに)烏骨鶏、烏骨鶏……」
里香「え……マジで烏骨鶏狙いですか?」
峰子「だって、あれが一番お腹満たせるでしょ?」
里香「(引き気味に)はぁ……」
近くの藪からガサガサと物音がする。
峰子「そこか! 烏骨鶏!」
里香「あ、待って! 峰子さん!」
藪に向かって走り出す峰子を追いかける里香。
峰子、急に立ち止まり、身をかがめる。
里香「どうしたんですか?!」
峰子「しっ! (藪の先を指さす)」
少し先に山男風の富田正彦(56)が歩いている。
里香「あ、また猟師の人。今度は助けを(立ち上がろうとする)」
峰子「(里香を引き止め)ダメ!」
里香「えっ?」
峰子「どうせ、また諦めろって言われるのがオチよ」
里香「そうですかね?」
峰子「絶対そう。山奥の店を見つけるまで、下山なんてしないんだから」
峰子と里香、富田が去っていくのを見送ると、立ち上がる。
里香「これでよかった……ですよね?」
峰子「ええ……いいの、これで」
里香「でも、このまま遭難して死んでしまったら」
里香、思い立ったように、富田を追おうとするが、それを止める峰
子。
真剣な表情で里香をまっすぐ見つめる峰子。
里香「峰子さん……」
峰子「もう死ぬからこそ、行きたいんじゃないの」
里香「えっ?」
峰子「私、余命宣告を受けちゃったのよね(苦笑い)」
里香「……」
峰子「せめて、死ぬ前に好きなもの、思いっきり食べたいじゃない?」
里香「……なんでそんなにオムライスが好きなんですか?」
少し考え込む峰子。
峰子「オムライスのフォルムが好きなの」
里香「は?」
峰子、ニヤニヤと嬉しそうな表情で、スマホのオムライスストラップ
をブラブラさせる。
里香、そんな峰子の様子を微妙な表情で見ている。
里香「……食べるより見た目ですか?」
峰子「何をおっしゃる! 食べるの好きなのは、言わずもがなよ!」
峰子の勢いに若干引き気味の里香。
峰子「好きじゃないの? 食べるの」
里香「(食い気味に)好きですよ! だって……」
考え込む里香。
里香「……忘れられるから。食べている間は不安も何かも。それに、お腹が
満たされると心も満たされるし……だから食べる事が好き――」
峰子と里香、話の途中、キノコを見つけて話が中断する。
キノコにまっしぐらの峰子と里香。
〇同・鬱蒼とした森2(夜)
峰子と里香、京子が待つ場所に戻る。
京子、待ちくたびれた様子。
京子「遅~い! もうペコペコよ」
峰子と里香、キノコや野草らしきものを差し出す。
嫌そうな表情の京子、警戒する。
京子「え、それ、毒ないでしょうね?」
峰子「さぁ……」
峰子、首を傾げる。
京子「本当に食べても大丈夫~? (里香に)あなた食べてみなさい」
里香「やだ、なんで私が! (峰子に)お願いします」
峰子「え、ムリムリ! (京子に)大丈夫よ、たぶん」
京子「絶対イヤ!」
峰子、里香、京子、三人ともお腹が鳴る。
峰子「……とりあえず焼こう」
里香「そうですね、それで同時に」
京子「絶対に一緒によ! わかってるでしょうね?!」
峰子たち、キノコを焼き始める。
× × ×
じっと無言でたき火にあぶられるキノコを見つめている峰子、里香、
京子。
いい塩梅に焼けたキノコ。
峰子たち三人、キノコを持ち、互いに先に食べるように促す。
峰子「さ、焼けましたよ、どうぞ」
里香「いえ、ここは年功序列で、どうぞ」
京子「な、なんでよ! ほら、峰子さん」
峰子「え、私は」
互いに促しつつ、同時に食べる三人。
峰子たち、一口、二口、食べておいしそうな表情になり、止まらなく
なる。
残りのキノコもどんどん焼いて、おいしそうに完食する峰子たち。
峰子、満足そうな里香と京子をよそに、たき火を見つめながら呟く。
峰子「あの烏骨鶏も食べたかったなぁ」
里香と京子、ギョッとした様子で峰子を見る。
× × ×
たき火の周りで各々の時間を過ごす峰子、里香、京子。
ドリップコーヒーを淹れる里香、淹れたコーヒーを峰子、自分の分、
そして京子には嫌そうにわたす。
京子「(一口飲んで)薄……」
京子、ボソッと呟く。
里香、京子を睨む。
そんな二人をよそに峰子、空を見上げて木々の間に見える星を見つめ
ている。
〇(回想)洋食屋・店前(三十一年前)
デパートのレストラン街の中にある店。
峰子(5)、レストランのメニューディスプレーのガラスに張りつい
ている。
峰子、食い入るように、オムライスの食品サンプルを見つめる。
背後から母親らしき手に引っ張られても動こうとしない峰子。
〇(回想)峰子の実家(夕・三十一年前)
食卓に座っている峰子、その前に置かれたオムライスをしげしげと見
つめる。
ケチャップがかかった素朴なオムライス。
峰子、スプーンでその表面をツンツンとつついたり、様々な角度から
見る。
× × ×
峰子、画用紙にオムライスの絵を描いている。
峰子の周りには、折り紙で作ったオムライス等、数々のオムライス工
作物が散乱している。
〇山の中・鬱蒼とした森2(夜)
峰子「無事見つかるかな……お店」
呟く峰子に、里香と京子もしんみりと空を見上げる。
〇同・テント内(深夜)
狭いテントの中、体を丸めて眠りにつく峰子、里香、京子の三人。
起き上がる峰子、里香に声をかける。
峰子「里香ちゃん、ちょっと一緒にトイレ……」
里香、爆睡していて全く起きない。
峰子「京子さん、一緒にトイレ行きません?」
京子「(嫌そうに)一人で行ってきなさい」
峰子、仕方なく一人で行く。
〇同・鬱蒼とした森4(夜)
峰子、暗い山の中を恐々と進む。
峰子「ここ、どこよ……」
峰子、藪からガサゴソと音が聞こえ、その場から逃げる。
峰子を追いかけてくる影=富田。
峰子「な、なになに、なんなのよ~!」
峰子、その影(富田)から必死に逃げる。
峰子「あっ!」
峰子、足を滑らせて、山の斜面から落ちそうになる。
影(富田)、峰子の手を掴んで助ける。
峰子、顔を上げると山男風の富田がいる。
富田「大丈夫か?」
富田、峰子を引っ張り立たせる。
峰子「あ、ありがとうございます」
富田「こんなとこで、何やってんだい」
峰子「いや、その……ちょっと迷ってしまって……」
富田「向こうでキャンプしてたの、あんたらか?」
峰子「は、はい」
富田「じゃあ、あっちだ」
峰子、歩いていく富田についていく。
富田「しかしまあ、こんな山の中でキャンプとは、物好きだねぇ」
峰子「いえ、じつは山の奥にある店を探していて」
富田「店?」
峰子「はい、オムライスが絶品だと噂の」
富田「ああ……あの店に行きたいのか」
峰子「場所わかりますか?」
富田「ああ」
峰子「本当ですか?! ぜひ教えてください! お願いします!」
富田、しばらく考え込む。
峰子、じっと富田を見る。
富田「ああ」
喜ぶ峰子。
峰子「ありがとうございます! やった! すごく楽しみにしてるんです。
オムライス。これで死ぬ前に食べられる」
富田「死ぬ前?」
峰子「あ、私、余命宣告受けてしまいまして……でも、いいんです。最後に
そのオムライスが食べられるなら、オムライスマニアとして本望です」
峰子、嬉しそうな表情でまっすぐ前を見る。
その横顔を見つめる富田。
富田「オムライスマニア?」
峰子「はい。私、今まで食べたオムライスをファイルに記録する程好きなん
です」
富田「へぇ~、物好きだねぇ」
峰子「そうですか?」
富田「ああ」
富田、無言で空を見上げる。
峰子、遠くに里香たちのテントを見つける。
〇同・鬱蒼とした森2(夜)
テントの前に立っている里香と京子、何か言い争っている様子。
峰子と富田、近づいていく。
里香「なんでついていってあげなかったの!」
京子「仕方ないでしょ! あなただって、寝ている場合じゃないわよ!」
峰子に気づき、ホッとした様子の里香と京子。
〇片岡家(早朝)
多恵、心配そうな表情で電話している。
アナウンス「おかけになった電話は、電波の届かない又は電源を切っ
て……」
多恵、電話を切る。
多恵、スマホの画面を心配そうに見つめる。
画面には、峰子に何度も電話している発信履歴。
〇山の中・山道1(早朝)
空が白み始める。
峰子、里香、京子の三人、富田の案内で山道を歩く。
ワクワクした様子の峰子、里香、京子。
峰子「もうすぐ食べられるね」
里香「やっとですよ」
京子「(無言でニヤニヤ)」
富田、黙々と先頭を歩く。
〇峰子の職場(朝)
多恵、出勤すると、森川と山永史郎(45)がいる。
多恵、山永に話しかけようとする。
山永、多恵に気づくと話しかける。
山永「ああ、君、どうしよう、大渕さんと連絡がつかないんだ」
多恵「そうなんです。私からも何度も電話しているんですが」
森川「もしかして、思い詰めて自殺なんか……」
顔を見合わせる多恵、森川、山永。
〇山の麓・登山口
多恵と森川、売店付近に集まる地元の警察や住民たちの元へ近づく。
多恵「あ、あの! この山で女性が一人で」
増田「ああ、あの軽装の人だろ、たぶん」
小島「またかい、まったく(ため息)」
川端、売店から入山者リストを持ってきて、遭難者を確認する地元警
察・住民たち。
川端「あと、この渡辺里香って人もっす」
小島「さて、行こうかね」
地元警察・住民たち、峰子ともう一人の遭難者・里香の捜索を始め
る。
里香の職場の関係者もその場に集まり始める。
多恵「あの、私たちも一緒に」
増田「あん? ああ、いいけど、ちゃんとついていけよ」
多恵と森川、捜索隊に同行する。
犬山「まったくよー、あんな店のせいで」
多恵、忌々しく毒づく犬山に気づく。
多恵の視線に気づく小島。
小島「あいつ、山奥の店の店主と仲良かったんだよ。ま、昔の話だが」
多恵、犬山を見つめる。
〇山の中・山道2
黙々と歩く峰子たち一行。
先頭を黙々と歩いていた富田が急に立ち止まる。
富田、険しい表情で麓を睨む。
峰子「どうしたんですか?」
富田「何か来る……」
富田の視線の先を見る峰子たち、麓の方で捜索隊がいるのを発見す
る。
里香「あっ!」
京子「救助隊よ!」
峰子、麓の救助隊をじっと見つめる。
峰子「早く行きましょう、店に」
峰子、富田を急かす。
里香「えっ、峰子さん? ちょっと?!」
峰子「せっかくここまで来たのに、食べずには帰れない!」
京子「もういいじゃない。また今度で」
峰子「ダメ! 私には今度なんてないの!」
ハッとする里香。
『どういう事?』と怪訝そうにしている京子に耳打ちする里香。
京子、驚きと同情の眼差しを峰子に向ける。
峰子「死んだら何も食べれないじゃない……」
泣きそうな峰子と捜索隊を見比べる富田。
富田「すぐに追いつかれるぞ」
峰子「でも行きたい! 私、あの店に賭けてるの! 命賭けてるのよ!」
里香「峰子さん……」
里香、思い出したように重装備の荷物から、あらゆる狩猟用の罠を取
り出す。
京子「ちょっとあなた! なんで、そんなもの持っているのよ?」
里香「私も賭けてるんです。諦めちゃだめだった」
里香、それらの罠を仕掛ける。
富田、その場の枝等を利用した罠を作り協力する。
呆れる京子。
京子「(ため息)バカばっか」
里香、無言で親指を立てる。
富田「これで、しばらく足止めできるはずだ」
峰子「ありがとうございます」
捜索隊の先頭の小島に見つかる峰子たち。
小島「あっ! いたぞ!」
峰子たち、急いでその場を離れる。
森川「早まるなー!」
説得しようと森川が前に出るが、里香が仕掛けた罠にかかる。
森川「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
森川の悲鳴を遠くに聞きながら、店を目指す峰子たち。
〇同・山道3
急いで歩く峰子たち一行。
里香「(京子に)ほら、急いで!」
京子「(息をきらして)ちょ、ちょっと待ちなさいよ……はぁはぁ」
里香「そんな靴で来るから」
京子「う、うるさいわね!」
富田「この陰で少し休もう」
岩陰に隠れて休む峰子たち一行。
里香「この辺りにも仕掛けておいた方が。ほら、ここ持ってて、おばさん」
京子「(息を整えつつ)誰がおばさんよ!」
罠を仕掛ける里香と京子。
峰子、鞄からファイルを取り出し見つめる。
富田「それって……」
峰子「はい、今まで食べたオムライスを記録したファイルです」
富田「なんでそんなにオムライスが?」
峰子、スイッチが入ったみたいに笑顔で話す。
峰子「味はもちろんですが、やっぱり一番はあのフォルム! 赤と黄色の色
合いにシンプルなオムライスのあのポテッとした丸み。あ、ふわとろタイ
プも良いですよね! たんぽぽオムライスの玉子を切り開いた時のあのト
ロトロ感! 夢があります!」
熱く語って止まらない峰子。
富田、困った様子で頭を掻く。
峰子、フッと静かになる。
不思議そうに峰子を見る富田。
富田「どうした?」
峰子「いえ、ちょっと思い出して……一番好きなオムライスを……」
富田「へぇ~、どこの?」
峰子「地元にあった……小さな洋食屋です。そこのは、ケチャップがかかっ
た素朴なオムライスで、学生の時、友人とよく食べに行っていたんです」
峰子、ファイルをめくって富田に見せる。
丁寧に書かれた感想と共に、洋食屋の外観と店内、オムライスの写真
が貼っている。
富田、じっとそのページを見つめる。
峰子「(思い出し笑いをして)そこのコックさん、余りにも私たちが毎日の
ように食べに来るから、そんなに好きならって、特大のオムライス作って
くれたり」
楽しそうに話す峰子を見る富田。
峰子「それがもう枕のようにこんなに大きくて(笑う)あ、でもその後、店
長さんに怒られているとこ見ちゃったんですよね」
富田「そのコックが?」
峰子「そう! なんか店長さんから、利益とサービスの度合いがなんたらか
んたらってネチネチと」
富田「ああ、たしかになぁ」
峰子「でも、あそこまで言わなくたって。コックさん、可哀そうだったな
ぁ」
峰子、静かに遠くを見る。
峰子「結局、その店は閉店してしまったんですけどね……」
富田「……まあ、仕方なかったんだよ」
富田、ファイルを峰子に返す。
峰子「このファイルを完成させるのが夢だったんですけどね」
富田「心配するな。ちゃんと食わせてやる」
富田、罠を仕掛けている里香と京子を手伝う。
峰子、富田を見つめる。
近くの藪からガサガサと物音がする。
藪から別の捜索隊が現れる。
アッとなる峰子たちと捜索隊。
富田「こっちだ!」
富田を先頭に逃げる峰子たち。
〇同・山道4
急ぎ足で山を下る峰子たち一行。
京子「ちょっと~! なんか下りてない?」
富田「一旦、ぐるっとまわってから行った方が、あいつら振り切れる」
京子「(大げさにため息)もう、やだ~」
近くの藪からガサガサと物音がする。
峰子「また、捜索隊?」
藪から烏骨鶏が出てくる。
峰子・京子「あっ!」
峰子と京子、烏骨鶏に飛びつく。
逃げる烏骨鶏。
峰子と京子、追いかける。
富田「馬鹿野郎! 戻ってこい!」
足がもつれてコケる京子。
富田、京子が立ち上がるのを助ける。
富田「お前らの目的はオムライスだろうが」
京子「でも~」
追いかける峰子、近くの藪から出てき森川と鉢合わせる。
峰子・森川「あ……」
峰子、持っていたファイルを落とす。
峰子、拾おうとするが森川に捕まりそうになる。
そこへ富田が峰子の手を引いて逃げる。
富田「行くぞ!」
峰子「え、あ、でも!」
峰子、ファイルが気になるが、富田に引っ張られていく。
森川に追いつく多恵と捜索隊。
多恵「峰子!」
峰子、多恵の声に振り向くが、そのまま走り去る。
森川「ま、待って、待ってくださ~い!」
里香、荷物から熊よけスプレーを噴射しようとするが出ない。
里香、イライラした様子で、スプレー缶を投げ捨てて逃げる。
ふらつきながら追いかける森川、手をついた場所に落ちている里香が
投げ捨てたスプレー缶を拾い、何気なく押す。
森川、噴射口が顔に向いており、自分の顔にかけてしまう。
森川「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
森川の悲鳴を遠くに聞きながら、山を走る峰子たち。
〇富士家・畑
疲れ切った様子の峰子、里香、京子、富田、少し開けた場所にたどり
着く。
様々な野菜が育っている畑。
富田「あそこだ」
富田、少し先にある民家らしき家を指差す。
峰子たち、近づいていくと『富士家』と書かれた看板が見えてくる。
峰子「やっと着いた……」
看板を見つめる峰子、里香、京子の三人、手を取り笑顔で喜ぶ。
京子「ねぇ! あれ!」
京子が指差す方を見る峰子と里香。
鳥小屋にいる数羽の烏骨鶏。
峰子、里香、京子、嬉しそうに頷き合う。
〇富士家・店内
『富士家』に入る峰子、里香、京子、富田。
『富士家』の店内は誰もいない。
里香「(心配そうに)やってないのかな」
心配そうな表情で店内を見る里香、京子。
峰子、富田を見る。
峰子と目が合う富田、頷く。
富田「俺がここの店主だ」
京子「えっ?!」
驚く里香、京子。
微笑む峰子。
富田「適当に座って待ってな」
富田、厨房の奥へ消えていく。
峰子たち三人、店内を見回す。
ごくごく普通の日本家屋の部屋といった様子の店内。
カウンターや四人掛けのテーブルが少しあるが、店の中心にある座敷
の大きな食卓が目立つ。
大家族が食卓を囲むように座って待つ峰子たち。
富田、オムライスを運んでくる。
峰子の前に置かれるオムライスは、昔食べたオムライスそのもので、
枕のような大きさ。
オムライスを見つめる峰子、里香、京子、次第に穏やかな表情にな
る。
富田、オムライスを並べ終わると、カウンターに座り一服する。
峰子、里香、京子、お互い顔を見合わせた後、手を合わせる。
峰子・里香・京子「いただきます」
峰子、里香、京子、食べ始める。
美味しそうに食べる峰子、驚いた表情。
峰子「やっぱりこれって……」
富田、峰子を見て話し始める。
富田「昔、あの店で作ってたんだよ」
峰子「えっ?」
富田「料理人だったんだ、あの洋食屋の」
富田、微笑み、また無表情で煙草を吸う。
峰子、微笑む。
〇同・店前
ボロボロな恰好の多恵たちと捜索隊一行、疲れた様子で『富士家』ま
でたどり着く。
フラフラな状態の三村信夫(50)、藪の中から現れる。
三村を見る多恵たち。
三村「きょ、京子……妻を、知りませんか?」
小島「あんた、どっから来たんだい」
三村「や、山の東にある、遊歩道」
小島「ひゃー、あんなとこからかい」
多恵「奥さんも遭難しているようですね」
三村、力尽きたようにバタッと倒れる。
〇同・店内
食事を終えた峰子、里香、京子。
里香、取材メモを持ちながら聞く。
里香「なんでこんな山奥に店を出したんですか?」
富田「昔さ、一緒にやっていた奴とちょっともめてさ、閉めちゃったんだ
よ」
峰子「あの洋食屋」
富田「そう。コックもやめようかと思ったんだけど、俺も……好きなんだ
よ、作るの」
富田、峰子を見る。
富田「食べるの好きなあんたと同じだな」
峰子、少し笑う。
里香「なんでもめたんですか?」
富田「単なる経営方針の違いだな。あいつはもっと店でかくしたかったらし
いんだけど、そのせいでサービスの質が落ちるって反対したんだ」
煙草を吹かす富田。
富田「(峰子を見て)知ってのとおり、大盛りとか勝手にやっちゃう奴で
さ、客が喜ぶのが一番なのに、あいつは利益や金の方が大事みたいでな」
問いかけるように峰子を見る里香に微笑む峰子。
富田「俺はこれくらいが細々とやってんのが、性に合ってんだよ。わざわざ
山奥まで食べに来てくれる人のためだけにな」
里香、取材メモを取っている。
富田「それに、ここの土地の水や土がオムライスの材料作りに適しているん
だ」
京子「あの、烏骨鶏も?」
頷く富田。
富田「昨日、一羽逃がしちまってさ」
顔を見合わせる峰子、里香、京子。
富田「探しに行ったら、あんたらに会ったってわけさ」
笑う富田、峰子を見つめる。
富田「あんたさ、これが最後と言わず、また来いよ」
峰子、富田をじっと見つめる。
峰子「でも、ファイルも落としちゃったし、もう思い残す事……ないです」
峰子、寂しそうに微笑む。
〇同・店前
峰子、里香、京子の三人、店を出ると多恵や里香の職場の関係者、三
村に捜索隊が待ち受けている。
多恵「峰子!」
峰子「多恵?!」
峰子たち三人、驚いた様子で、里香の罠にかかりボロボロの多恵たち
を見る。
峰子を見つけて喜ぶ多恵、峰子に抱きつく。
一番ボロボロな状態の森川、ヨロヨロと近づいてくる。
森川「(疲れ切った様子で)も、申し訳ございません……誤診です」
峰子「はい?」
森川「健康診断……こちらの手違いで……余命なんて……」
峰子「それじゃあ」
森川「至って健康です」
峰子「やったー!」
峰子、多恵と手を取り合って喜ぶ。
森川、疲れ切ってバタッと倒れる。
里香、職場の関係者たちに囲まれている。
安堵の表情で泣きじゃくる若い女性、労うように里香の肩を叩く上司
らしき男性の間で、ホッとした様子の里香。
京子、三村と向き合っている。
仏頂面でそっぽを向く京子、三村に抱きしめられ、次第に笑顔。
無事、峰子たち三人が見つかり安堵する多恵やその他の面々をよそ
に、犬山、『富士家』をじっと見つめている。
峰子、犬山に気づき、巾着袋を取り出す。
中の写真を見る峰子、若かりし頃の犬山の隣の同年代の男が富田と気
づく。
〇(回想)洋食屋(夕・十九年前)
放課後。
高校時代の峰子(17)と多恵(17)、小さな洋食屋で、大盛のオムラ
イスを食べている。
峰子、ふと厨房の方を見ると、コック(富田)が店長(犬山)に怒ら
れている様子。
〇富士家・店前
驚く峰子、微笑み写真を巾着袋の中に戻して、犬山に近づく。
峰子「オムライス、おいしかったです」
犬山、峰子を一瞥するが、再び視線を店に戻す。
犬山「(ぶっきらぼうに)当たり前だ」
峰子「あと、昔みたいに枕みたいな大きさで」
峰子、犬山に巾着袋をわたす。
じっと巾着袋を見つめる犬山、受け取り、再び看板を見つめる。
犬山「(ボソッと)相変わらず、やってんのか、あれを……」
峰子「もう怒らないでください、店長さん」
犬山「誰が店長だ! べつに怒ってねぇし」
犬山、少し動揺しつつ、去ろうとするが、「ああ、そうだ」と立ち止
まる。
犬山「おまえのだろ」
犬山、峰子が落としたファイルをわたす。
峰子「あっ!」
犬山「本当に好きなんだな」
峰子、大事そうにファイルを抱きしめる。
犬山「今度来る時は、もっとわかりやすい所になってるから」
峰子「えっ?」
犬山「登山口にあっただろ?」
峰子「あっ! あの改装中の?」
犬山「あいつもこれで懲りただろう」
峰子「もしかして店長さん、またあの人とお店やりたくて?」
犬山「べ、べつにまだこれから交渉だし……てか、店長じゃねぇって!」
笑う峰子を睨む犬山。
犬山「それに……もっと良い罠の仕掛け方、教えてやらんとな。あんなちん
けなもんじゃ、烏骨鶏の一羽も捕まえられん」
犬山、店の中へ向かう。
峰子、微笑み安堵の表情。
多恵「どうかした?」
不思議そうに峰子を見つめる多恵。
峰子「なんでもない」
多恵に微笑む峰子、ファイルを開き洋食屋のページを見つめる。
(了)