ラジオドラマ「探し物は何ですか?」
概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(諸事情によりO.A.ならず)。登場人物は女性三人という条件。尺は約15分。2014/12/14作。
〇ログライン
自分を見失っていた女性が、知人の掃除代行の仕事を手伝ったことで、自分は何をしたかったのか思い直す話。
〇登場人物
竹崎沙織(27)フリーター
岩本依子(30)沙織の先輩
藤田恭子(56)ゴミ屋敷の住人
SE カラスの鳴き声
沙織「(ため息)今日もまた仕事見つからんまま、一日終わっちゃったな
ぁ……べつにこれといってやりたい事ないし……ああ、でも早く見つけない
と家賃払えんようになるし……(ため息)めんどくさ……もう、実家帰ろっ
かなぁ」
SE 携帯電話の着信音
沙織「(電話に出て)もしもし?」
依子「(電話口で)もしもし、沙織?」
沙織「あ、岩本先輩?! お久しぶりです」
依子「久しぶり、元気にしてた?」
沙織「え、ええ、まあ……先輩、どうされました? 急に」
依子「沙織、うちの仕事手伝ってみない?」
沙織「えっ?」
依子「うちがやってる掃除代行サービスの仕事。ちょっと人手が足りなくて
困ってるんよ。沙織、仕事……辞めたんでしょ?」
沙織「な、なんでそれを?!」
依子「私のネットワークは広いんよ。何でもお見通し。それとももう新しい
仕事見つかった?」
沙織「いや、まだ……正社員の経験がないと特に厳しくて……」
依子「真っ先に切られるのは派遣から。まあ、どこも大変なんやろうけど
な。でも、ほら、次の仕事見つかるまでの繋ぎでもいいから、手伝ってく
れんかな?」
沙織「わかりました……」
SE 車の走行音
依子「うちの会社はね、水回りや換気扇の掃除から、家全体の片付けや収納
のお手伝いまで幅広く請け負う会社なの。お客様は仕事や子育てで忙しい
主婦が多いかな。たまに、役所の方から不法投棄のゴミの撤去も依頼され
るけど」
沙織「ああ、だからこんなに大きなトラック乗ってるんですね」
依子「そっ。掃除で出たゴミの回収、処分までがうちの仕事やから(軽く笑
いながら)そんな緊張せんでいいよ。要は、散らかった部屋の片付けをし
たらいいだけなんやから」
沙織「はあ……」
依子「ま、その散らかりようが尋常じゃないんやけどね」
沙織「えっ?」
依子「ほらここ。今日の依頼先のお宅」
SE 車のブレーキ音
沙織「先輩……ほんまにここの掃除するんですか?」
依子「そうやけど?」
沙織「えっ……だってここ、家の周りまでゴミ袋やガラクタで埋もれて……」
依子「え~? でも、こちらのお宅はまだ片付いてる方やで?」
沙織「えっ、これで?! こんなゴミ屋敷なのに……ここ、ほんまに住んで
る人いるんですか?」
依子「こら! いい? お客様の前でそんな顔したらあかんよ」
沙織「はい……」
SE 玄関のチャイムの音
依子「ごめんくださーい! 掃除代行ガスキンでーす! (間があってから
再びチャイムを鳴らして)藤田さーん? ガスキンでーす!」
SE 玄関の扉が開く音
恭子「なんや、うるさいな」
依子「掃除代行のガスキンです」
恭子「ああ、業者の人? さっさと掃除始めて」
依子「失礼します」
SE 箱が崩れる音
沙織「わっ! 段ボール箱の山が!」
恭子「ちょっとそこのあんた! 気をつけてや!」
沙織「あ、すみません。ゴホゴホ……すごい埃。うわぁ……ゴミ袋の山が天井
にまで……」
依子「じゃあ、沙織、先にひとりで二階の部屋からやっててくれる? 私は
一階の目処がついてから向かうから」
沙織「え……二階ってどこから? この先、ゴミ袋の山で行けませんよ」
依子「ほら、天井のあの辺り、隙間あるから、よじ登って向こう側行けるや
ろ?」
沙織「えっ?! マジですか?! こんな所どうやって……うわっ、ゴミ袋
が?!」
SE 物が崩れる音
依子「下からゴミ袋引っ張ったら崩れるから、ちゃんと上からおろしていく
んやで」
沙織「それ、はよ言うてくださいよ……(ため息)とりあえず、ゴミ袋どけ
な……よいしょ、よいしょっと……ふぅ、これで通れるかな」
SE 階段を上がる音
沙織「うわぁ、二階もすごい……段ボール箱の山で足の踏み場もない。なん
でここまで散らかせるんよ、もう」
恭子「散らかってるんやない。よそよりちょっと物が多いだけ」
沙織「うわっ! びっくりした……いらっしゃったんですね」
恭子「見張りや。あんた、なんかすぐ物壊しそうやし」
沙織「壊しませんよ、そんな……ははっ」
恭子「へらへらしてんとさっさと掃除し!」
沙織「は、はい」
恭子「ちょっと! そこ足もと! ゴミちゃうねんから踏まんといてや!」
沙織「あ、ああ、すみません」
恭子「まったく、最近の若者は仕事が雑やわ。もっとちゃんとできんのか」
沙織「(小声で)やってるやんか」
恭子「ん? 何か言ったか?」
沙織「い、いえ、べつに……」
恭子「ほら、ここ掃除するのがあんたの仕事や!」
沙織「そうですけど……」
恭子「じゃあ、さっさと働いて!」
沙織「(ため息)……あの」
恭子「なんや?」
沙織「お手洗い、お借りしたいんですけど」
SE 階段を下りる音
沙織「(ため息)……めんどくさ。やっぱ先輩に辞めるって言おうかな……」
依子「(オフ)あ、沙織!」
沙織「先輩」
依子「(オン)ちょうどよかった。ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる?」
沙織「あ、はい」
依子「よいしょっと! いたたた」
沙織「大丈夫ですか?」
依子「なんのこれしき。重い物運ぶの多いからな、腰痛めること多いだけ
や。ありがとう、助かった」
沙織「いえ……でも先輩、ほんまに大丈夫ですか?!」
依子「大丈夫大丈夫。これくらいでへこたれてる暇はない。やる事盛り沢山
やで(笑う)沙織は? 二階の方、順調?」
沙織「え? あ、は、はい。なんとか……」
依子「もうちょっとしたら休憩入れるから、それまで頑張ってね」
沙織「はい……」
SE 扉を開ける音
恭子「なんや、あんたか。えらい長いトイレやったな」
沙織「すみません……えっと、藤田さん、こちらの段ボール箱の物は処分し
てしまってよろしいですか?」
恭子「待って。ちゃんと仕分けしてからや」
沙織「はあ……(ごそごそと探りながら)えっと、中は書類や説明書です
ね」
恭子「ああ、親のやつやな。これは……いる、いる、いる、いらん、いる」
沙織「こちらの明細書は?」
恭子「いる」
沙織「こちらは?」
恭子「いる」
沙織「これは?」
恭子「いる」
沙織「えっ? こんなんもいるんですか?」
恭子「いるって言ったらいる」
沙織「でも、これ……三十年以上前のラジオの説明書ですよ? ほら、ここ
に昭和って書いて……」
恭子「あんたにはゴミに見えても、うちにはいるもんやの」
沙織「はあ、そうなんですか……でも……」
恭子「ああもう、うるさいなぁ。ほれ、こっちの箱はとっとくやつやから。
勝手に捨てたらあかんで」
沙織「……はい。じゃあ、次は……(ごそごそと探りながら)なんかごちゃご
ちゃいっぱい入ってます。こんなんもいるんですかぁ?」
恭子「いるいる! あっ! コラッ! そんな乱暴に触らんといて、も
う……え~と、いる、いる、いる、これもいる……」
沙織「(ため息)全然片付かんやん……あ~あ、こっちも足の踏み場ない
し、これ何? どかそうにも物が多過ぎ……ゴホゴホ、ここもすごい埃……
うわっ!」
SE 物が崩れる音
恭子「ほれ、言わんこっちゃない。何やってるんや、もう」
沙織「すみません。ちょっと動かそうとしたら……これ何ですか?」
恭子「按摩器や」
沙織「あんまき? マッサージチェアじゃなくて?」
恭子「按摩器! ほら、あんた、風呂屋で見た事ないか?」
沙織「ああ、なんかありましたね。椅子みたなやつ」
恭子「ほら、それ動かすんやろ? こっち持つから、あんたそっち持って。
いくで、せーのっ」
沙織「ふんっ」
恭子「おっとっと。よしここ置くで、はい」
沙織「よいしょっと……ふぅ……ん? 何か落ちてる? 藤田さん、ここに何
か落ちてますよ」
恭子「ん~? なんや?」
沙織「ほら、ここに。うわぁ、埃まみれ! (息を吹きかけて)ゴホゴホ!
何やろうこれ……櫛? 藤田さん、櫛が落ちてましたけど」
恭子「あっ! それ! その櫛! ちょっと貸して!」
沙織「え? あ、はい」
恭子「やっぱり……よかった~」
沙織「探してた物ですか?」
恭子「ああ、ずっと探してたんや……」
沙織「大事な物なんですか?」
恭子「これな……お母ちゃんの形見やねん」
沙織「えっ? お母さんの?」
しっとりとした音楽が流れる
恭子「こんな所に埋もれて……お母ちゃん、今のうちの状態知ったら、めっ
ちゃ怒るやろうなぁ……」
沙織「え?」
恭子「綺麗好きのお母ちゃんでな……いつもお母ちゃんが仕分けして捨てて
たんやけど、お母ちゃんが死んでからは、なんか張り合いがなくなってし
もて。何を捨てたらいいのやらもう……」
沙織「そうだったんですか」
恭子「でも、今この櫛が見つかるなんて……ああ、やっぱり見てたんやろ
な。まるで怒られてるみたいやわ……お母ちゃん、ごめんなぁ……ちゃんと
掃除はせなな……大事な物も失くしてしまう部屋はあかん……」
沙織「藤田さん……」
恭子「ちょっとあんた……ここの物、全部捨ててくれるか?」
沙織「えっ?! い、いいんですか?」
恭子「もうええねん。うちは生まれ変わってこの家綺麗にするねん。さ、捨
ててって」
沙織「はい!」
しっとりした音楽が終わる
SE カラスの鳴き声
SE 玄関の扉が開く音
依子「またのご利用よろしくお願い致します! それでは失礼しまーす!」
SE 車のエンジン音
依子「お疲れ~」
沙織「お疲れ様です」
依子「いたたた。今回もなかなかの重労働やったな。肩も腰もパンパンや」
沙織「先輩、いつもあんな大変な仕事やってるんですか?」
依子「ん~? まあ、そやね」
沙織「嫌にならないんですか?」
依子「そりゃ嫌な時もあるけど、逃げてばかりじゃ何もできへんやん」
沙織「えっ?」
依子「良い事ばっかちゃうやん、仕事って。でも、その逆で悪い事ばっかで
もない。お客様が喜んでくれると、こっちも嬉しくて、腰の痛みとかも吹
っ飛ぶんよね。いくら大変でも、やりがいがあるから続けられる。良い事
も悪い事もひっくるめて、うちは今の仕事が好きでたまらんねん」
沙織「仕事が好きか……そんなふうに思った事、私なかったかも」
依子「これからどうすんの?」
沙織「えっ?」
依子「仕事。このままうちで働いてくれてもいいけど」
沙織「そうですね……とりあえず、自分の部屋の片付けをします」
依子「は? 片付け?」
沙織「私も……生まれ変わった新しい自分を見つけたいので」
依子「ん? 何か言った?」
沙織「こっちの話です」
依子「ふーん。なんかよくわからんけど、ま、いいか。それよりお腹すいた
な。この先においしいラーメン屋があるから行かん?」
沙織「いいですね。行きましょう!」
SE 車の走り去る音
(了)