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地元の生活

落ちればただの人。


そんな選挙の無情さを知ることになったのは、美千代が小学校1年生の時だった。

祖父の跡を継いだ父が、まさかの落選をした。

代々、政治家の家系で、嫁にきた美千代の母の家系も政治家一族という代議士一家に生まれた美千代。そんな中での父の落選は、美千代の生活を大きく変えた。

親族会議の結果、選挙区の地盤固めのために、美千代と母の衆子が選挙区に移り住むことが決められた。

家の中のただならぬ雰囲気を感じていた美千代だったが、いつもと変わらず楽しい学校生活を送っていた。

しかし、ある日、学校から帰ると母の変わり果てた姿に、言葉も出なかった。

腰まであった美しいロングヘアは、無惨にも刈り上げられ、クルクルとした強めのパーマがかけられており、美しい自慢の母の姿は、その面影すらなかった。

美千代は、嫌な予感がして急いで自分の部屋に行こうとしたが、母に呼び止められた。

「待ちなさい。髪を切りに行くから、先に車で待っていて」

そう言われた美千代は、従うほかなく、その場にランドセルを置くと先に車で待っていた。

母が車に乗ると、運転手に出すように言ったきり、車内には耐えがたいほどの静寂だけが流れた。

美千代は、消え入りそうな声で母に言う。

「かみ、きりたくない・・・・」

母は、表情を崩すことなく美千代の願いを一蹴した。

「駄目よ。明日には、お父様の地元に引っ越すんだから、今までとは違う生活になるの。美千代も、お父様の力になれるように、ちゃんと地元の生活になじまなくてはいけないから、もう長い髪はいらないのよ」

そう言うと母は、手をハサミのかたちにして、美千代の三つ編みを根元から切る真似をした。

美千代は、ぽろぽろと涙を流すが、母は動じることはなかった。

そんな母も、刈り上げられたばかりの項が気になるのか、しきりに手で撫で上げている。

美千代は、そんな母の後ろ姿を見ながら「お母さまだって、長い髪の方が綺麗だったのに。そんな、おじさんみたいな短い髪、変よ」と思っていることを全て口にしてしまった。

母は、初めて少し悲しそうな顔をして「仕方ないのよ。明日からは、東京での生活とはまるで違う毎日になるんだから」とだけ言った。

そうしているうちに、車は、家からずいぶんと離れた床屋の前に止まった。

美千代は、降りるように言われると、そのまま母に手を引かれ床屋の中へと連れて行かれる。

「いらっしゃいませ」

店に入ると、母は「この子の髪を切ってほしいんです」と言って、美千代の背中を押した。

椅子に座らされ、体がすっぽりと隠れるほど大きなケープを巻かれると、三つ編みをほどかれ、荒くブラッシングされた。
「どのくらい切りますか?」

理容師の問いかけに、母は「短めのショートカットで、少し丸い感じにしてください。前髪も丸く短く厚めでお願いします」と容赦なく答えた。

美千代は、再び堪えきれず泣き出したが、母に一喝され必死に涙を堪えた。

理容師は、美千代の長い髪を霧吹きで濡らすと、おおざっぱに梳かして、耳下で一気に切り落とした。
美千代は、必死に耐えようとしたが、一人でに涙がこぼれ、嗚咽を止めることができなかった。
理容師は、赤ん坊をあやすように「すぐ終わるからねぇ」と言いながらも、ハサミを持つ手を緩めることなく、美千代の耳がまるっと出るように耳回りの髪を切り落とした。
そして、母の注文通りに、厚めの前髪を作るために、つむじのあたりから前に向かって髪を梳かすと、おでこの真ん中あたりで弧を描くようにまるく切り詰めた。

最後に、襟足を少し刈り上げられ、首筋ともみ上げを剃刀で綺麗に剃られるとやっとケープを外してもらえた。

耳回りをすっきりとさせたマッシュルームカットと言ったところだが、厚く丸く短く切られた前髪がなんとも言えず、子どもらしいと言えばそんな感じだが、とにかく「ダサい」の一言だった。

地元で生きていくには、これくらいのことは当然と思っていた母親も、美千代の仕上がりを見て、言葉が出なかった。
当然、長い髪の時の美千代の方がかわいらしかった。
美千代自身も、長い髪が大好きで、一度も短くしたことはない。
それを、親の都合で突然、バッサリと切られ、美千代には言っていないが、この先、美千代が髪を伸ばせるようになるのは、きっと大人になるまでないだろうと思うと、親としては胸が締め付けられる思いだった。

明日から、地元での生活が始まる。
もう、東京は帰る場所ではなく、遊びに来る場所になる。

母は、あえて美千代に厳しく「長い髪は、鬱陶しかったから、こっちのほうがすっきりしていいわ」と言って、店を出た。

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