自信がなくても喜んでもらえることがある。
これまでしてきた家事代行の仕事の中で、私を支えてくれている出来事が
る。
そのお宅は、それまで伺った中で一番広かった。
トイレ3、お風呂2、洗面所2(洗面ボウル4)、リビング約20畳、キッチン約10畳、他12畳超えのベッドルームを筆頭に3部屋。
玄関だけでも3畳くらいあり、依頼者とのご挨拶もそこそこに、驚きを反射的にポーカーフェイスで隠した。
依頼者は家事代行の利用には慣れているらしかった。
なので、私に対する指示も「慣れている」ことを前提にしているであろうと思われる最低限のものだけだった。
一方の私は、その広さの部屋をどの程度のレベルでどのくらいの時間で掃除すればいいのか見通しが立てられず、ちょっとしたパニックになった。
それでもとにかく手を動かすしかない。そう思い、取り掛かった。
依頼者のベッドルームに取り掛かろうとしたとき、依頼者が小さなお子さんを叱っている声が聞こえてきた。
私は確認したいことがあったのだが、張り詰めた空気の中に割って入っていくことがためらわれ、そのままベッドルームに入って作業を始めてしまった。
少しして「勝手に入らないでください!」という大きな声がした。
私は驚き、お詫びしつつもすっかり萎縮してしまった。
伺った時点で入室を禁じられた部屋に入らないのは当然だが(寝室がその対象であることが多い)、作業を任された部屋であっても初対面時は再確認するべきだったのだ。
その日、与えられた時間は5時間。
全ての部屋の掃除を終えるのに、さらに1時間を要した。
体力も気力も全て絞り出した後の、自宅までの約2時間の道のりの長さ・・・
このお宅からの依頼はもう来ないだろう、そう思っていた。
初めての依頼から一か月を過ぎた頃、二度目の依頼が入ったときは思わず「ええーーー!!??」と声が出てしまった。
あんなに強烈なダメ出しを食らったのに、なぜ??
他のお宅に伺ってもまだまだ効率よく動けず、時間通りに作業を終わらせられるか不安でたまらない緊張感と戦う日々を過ごしていた私。
前回の記憶もよみがえり、怖くてたまらなかった。
でも、そのときの私には「断る」という選択肢は浮かばなかった。
「今抱えている恐怖も緊張も、経験を積み重ねていくことでしか解消されない」と思っていたから。
2度目の訪問では挨拶の時点から縮こまっていた。
とにかく、前回と同じ失敗は繰り返さない。
どんなに小さなことでも必ず確認しよう。
それだけを自分に約束した。
そしてもうひとつ腹をくくっていたこと。
できるだけのことをしてそれでも依頼者様が満足できなければ、私でなく他の人を探してもらえばいいだけだ。
気に入られよう、高評価を得よう、前回の訪問時にあったそんな浅はかな思いは消えていた。
もうすでに「やらかした」のだから。
作業を始めて少し経ったところで、2回目の訪問というのはこんなにも楽ものなのかと気づいた。
部屋の間取りや掃除用具の位置、使用方法、手順など、前回の記憶が大きな手掛かりになって手順を考えやすくなったのである。
ベストな効率には程遠いものの、前回と比べるとはるかにマシになっていることが体感で分かる。
それに何より大きかったのは、「依頼者が求める掃除のレベル」が大まかにつかめるようになったことだった。
前回の件を踏まえ、小さな確認をひとつひとつしていくことで依頼者が気にするポイントが分かってきて、「依頼者の満足」と「作業効率」を両立させる道筋が見えてきたのである。
とはいえ、やはり時間的にはとても厳しく、自分にとって満足のいく掃除は出来なかった。
終了時刻になり、不十分な部分があること、手際の悪さをお詫びして帰ろうとしたところ、依頼者から思いがけない言葉が返ってきた。
「MiMaRyさんは丁寧なんですね。分かっていますよ。」
私の前回の訪問以来他の方にもお願いしてみたけれど、私の掃除が一番丁寧だったと。
初めから全て出来るとは思っていないと。
泣きそうになった。
私がどんな迷いや悩みを抱えていても、それとは関係なく評価されることがあり、評価してくれる人がいる。
それは、今回に限らずこれまでに何度となくあったはずだった。
けれど、私はそれらの評価を「自分が本当の自分を隠して得たもの」だと捉えていた。
自分の外側ー目に見えるものーへの評価がどんなに良くても、自分の中に黒い部分を隠し持っている以上、それは本物とは言えないのではないか。
そう、頑なに信じていた。
この出来事があってからも、その思いは変わらず持ち続けていた。
けれど、今回改めてこの出来事を振り返ってみたら「評価を受けた事実はそのまま受け取ってもいいのでは」と素直に思える自分が生まれてきた。
認めてもらえた。嬉しかった。
その事実を、私は自分で手に入れることができたのだと初めて思えた。
そのお宅への訪問は10回を超えた。
定期的に来てほしいと言ってくださったのだが、通勤時間がかかることと私の就活状況を率直にお話しし、現時点では不定期で伺っている。