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夢日記②
ある日、私は信じられない光景を目にした。誰かが空を飛んでいたのだ。最初は鳥か何かだろうと思ったが、間違いなく人だった。シルエットがはっきりと人の形をしていた。ゆっくりと宙を舞い、少しオレンジがかった空の中で軽やかに飛んでいた。
驚きとともに、胸の奥から湧き上がるのは、憧れだった。「飛びたい」という純粋な気持ちが私を強く突き動かした。何も考えずにその人を真似して両腕を広げてみた。風が指先をかすめ、体が少しだけ浮かんだ気がした。ほんの一瞬だけ、地面から足が離れた。しかしすぐに、ふわりと重力が戻り、再び地面に足が着いてしまった。
それでも、確かにあの瞬間、私は浮かんでいた。もっと高く、もっと遠くへ飛べるようになるにはどうすればいいんだろう。そう思い、私は意を決して、空を飛んでいる人に近づいていった。
意外なことに、私が呼びかけるとその人は近くまで降りてきてくれた。どこか不思議な雰囲気を持っていた。年齢も性別も曖昧で、ただ存在そのものが現実から少し外れているような、そんな印象を受けた。
「どうしたら、私もあなたみたいに空を飛べるんですか?」
私は思わず尋ねた。
その人はゆっくりと私を見つめ、静かに言った。
「簡単なことだよ。人間としての道徳心や倫理観を全て捨てれば、君も飛べるようになるんだ」
思いもよらない答えに、息を呑んだ。
「道徳心や倫理観を…捨てる?」
「そうだ。君が空を飛べないのは人間だからだ。善悪の判断、他人への思いやり、社会のルール、そうしたものが君を地上に縛りつけている。それを全て捨ててしまえば、君はもう人間ではなくなる。そうすると、自由に羽ばたくことができるさ」
その言葉は冷たく響き、私の心に重くのしかかった。確かに私は空を飛びたい。ずっとそう願っていた。しかし、私はその場で言葉を紡ぐことはできなかった。
しばらくしてその人はそっと微笑んだ。それは喜びでも哀しみでもなく、どこか呆れたような笑顔だった。そして、再び空高く舞い上がり夕闇の中へと消えていった。
私はただ地上に立ち尽くしていた。風が頬を撫で、空は次第に夜の色へと変わっていく。私は、自分の足で地を歩くことしかできない。今はまだ。