雨 その2
今朝は雨が降ってたけど、もう止んだ。
低学年は給食もないので、昼で帰宅する。
夕子んちは学校からは遠く大人の足でも30分はかかるので、まじめに歩いても子供なら一時間近くかかる。
いつも一緒に帰るのは、近所のわこちゃん。
わこちゃんはいつも落ち着いていて、あまり感情を表さない。
この頃の夕子は今みたいに品行方正じゃなかったので、槍が飛んできても動きそうにないわこちゃんを、ひそかに尊敬していた。
いつか自分もわこちゃんみたいになりたいと、ぼんやり思っていた。
雨が止んだので、朝はいてきた長靴も、さしてきた傘も邪魔でしかない。
二人でとろとろ歩いていると、何かが夕子の足を止めた。
「何だ?あれは?」
畳一畳ほどの木枠の中に、見たこともないものが入っているではないか。
道から外れて近づいてみる。
その途端夕子は、「その木枠の中に入らなければいけない!」、と思う。
精神年齢50歳くらいのわこちゃんが止めたけど、すでに夕子の足は木枠に吸い込まれそうになっていた。
右足が入り左足が入ろうとした時には、にっちもさっちもいかなくなっているのに気付いたが、左足を止めることは出来なかった。
不可能だと分かっていたが、右足を泥から抜こうとしてみる。
ますますバランスを崩し身体ごと泥の中に倒れこみそうになるのを、両手をバタバタさせて必死でこらえてはみたが、長靴から抜けた右足は泥の中に落ちた。
でも靴下だけになった右足のおかげで、左足を長靴を履いたまま泥から出すことができたのは幸いだった。
このまま靴下で帰りたくはないが、どろどろの右足を長靴に入れるわけにはいかないではないか。
低学年でも、それくらいは分かる。
仕方ない、夕子は右手に傘、左手に長靴を持ち、靴を履かないどろどろの右足のまま帰ることにした。
その間わこちゃんは、何も言わなかった。
驚いた様子もなく、夕子を責めることもからかうこともなかった。
わこちゃんと話していて楽しいと思うことはなかったが、「へぇ~」と思うことはたくさんあった気がする。
だってわこちゃんは、夏休みになったらすぐに計画をたてて、七月中にはほぼ宿題を終わらせているのだから。
夕子はというと、「まだ七月だから」「夏祭りが終わったら」「お盆過ぎたら」と言い訳しているうちに夏休みの最終週になるのが、常だった。
わこちゃんは見た目がムーミンに似ているし、自己主張しないし、落ち着いている。
だからみんな「わこちゃんはいい子」だと思っている。
夕子もまた、そう思っていた。
大人になって、あんなことやこんなことがあるまでは・・・・。