見出し画像

I'm telling a lie。 


日本人妻の気持ち

ネパール人の彼といつものようにLINE電話をする。
一緒にいる時もそうだが、彼はmarryとかwifeといった言葉を使って僕の気持ちを確かめようとする。
おっさんに何を言ってんだと思う反面、ちょっとうれしかったりする。
40のおっさんが一人ネパールにわたる未来を少し想像してみる。
頭の中で東シナ海を渡りエベレストの山を越える。
めちゃ孤独だろうなぁ。それでもなんだろう。
すごく明るくてワクワクする未来に思えた。
彼に対してはいつも照れ笑いしながら気持ちはうれしいよとは伝えている。
英語でのそういう場合の返しがわからないのもあるけれど、日本語でもたぶん同じように返しに迷っているとは思う。
実際会っているときにそういうことを言われると彼の笑顔を信じてもいいのかなと思う。
僕の目の前で彼がずっとこうして笑ってくれるのならばそれがすべてなのではないかと。
いつかテレビで見た海を渡った日本人妻の気持ちを思う。
ああいう人達を見る度に日本人に相手にされなかったかわいそうな人のように思ったりしていたけれど、そうじゃないような気がした。
目の前の誰かの笑顔をちゃんと信じて海を渡ったんだと。
信じる気持ちの強さが距離を超えたんだとそんな風に初めて思えた。

彼は許してくれない

前回から一ヵ月ぶりに彼に会う。
海の向こうに小倉の街が見えるラブホで彼と抱き合う。
彼が僕のおっぱいに吸い付いて甘える姿が愛おしい。
僕は大きな胸で彼の小さな頭を抱え込んだ。
最高に幸せな気分も抱きしめながら。
いつもはやさしい彼も人工的な白いシーツの海では豹変する。
その日はあまり調子が良くなかった。
今日はこのぐらいにしようと彼に伝える。
でも、彼は許してくれない。
彼自身が果てるまでは。絶対に。
普段の愛らしい彼とは似ても似つかない強い衝動が彼の中にある。
その力の強さに毎回驚きとまどいながらも僕はそれを受け入れた。
彼望むとおりに僕は体を預けたのだ。
すべて終わった後、彼は僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
彼は僕が悲しそうだからと何度も心配してくれた。まるで普通に女の子にするみたいに。
さっきまでの荒々しい彼は消えていつもの彼が戻っていた。
どちらの彼も本当の彼だ。許してくれる彼も許してくれない彼も。
僕はそのどちらも抱きしめていたいと思っている。

I'm telling a lie

彼と久しぶりに会うまでの1週間。
彼はずっと悩み続けていた。それはルームメイトへの説明だった。
僕と会うために外出する時に何と説明したらいいかわからないと真剣に悩んでいたのだ。
最初はあぁもう僕と会いたくないからそんなことを言っているんだなと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
以前から何回も博多の日本人の友達に会いに行くという説明をして僕とは会っていたようだ。
彼のルームメイトは同郷のネパール人で日本語学校もバイト先も同じこともあり下手なウソはもうつけないということらしかった。
ちなみに彼はルームメイトにカミングアウトもしていない。
ストレートにしか見えない彼がようわからん日本人のおじさんと会ってまぐわっているなんてルームメイトが知ったら卒倒ものだろう。
まぁそれは置いといて僕が驚いたのは彼があまりに真剣に悩んでいる姿にだった。
人と真摯に向き合って大切に思っていたらウソついて誰かに会うことぐらいでもこんなに悩むのかと。
正直最初はそんなの適当にウソついとけよと思っていたけれど、だんだんと自分の中にはもう無い純粋なものを呼び覚まされるような感覚になった。
ゲイを隠すためのウソなんて山ほどついてきた。
僕にも彼のような時期がおそらくあったのだろう。
小さなウソにいちいちとまどい小さな罪悪感を抱えて過ごすような日々が。
ひとつのウソを守るためにたくさんのウソをついて小さく傷ついていた日々が。
彼は僕と会う当日までずっと説明を理由をウソを考えていた。
僕は実際会えなくてもいいからと小倉に行った。
タイミング良ければ会おうと今回会えなくても来月でもいつでも会えるしと。
彼のルームメイトへのやさしさを大切にしたかった。
そのやさしさが彼自身と思えるほど大事だと感じたから。
結局、彼はルームメイトが寝ている間に出かけて僕と会った。
彼は小さなウソをつかなくて済んだ。
僕はこの結末を知ってなんじゃそらと思った。
でも、1週間悩み続けた彼がもっと好きになった。

いいなと思ったら応援しよう!