吉田さんははなせない

去年の12月、出向先の会社の飲み会があった。
少し遅れて行くとあまり席が空いておらず、真ん中のほうのまとまって空いていた席に座ると、課長の立浪さんがあとから向かいにやってきて、立浪さんといろいろお話しすることができた。
その中で、立浪さんは「阿藤さん(所属チームのリーダー)が『吉田さん(私の名字だ)ははなせない』言ってたよ」と言った。

吉田さんは話せない…?
コミュニケーション能力に問題があると言われているのかと思ってぎょっとした。
えッどういう意味ですか?!と聞き返すと、よく働くので傘下に置いておきたいという意味だったらしい。
あ……「吉田さんは離せない」か。よかった。うれしい。
というか重宝してくれてるならもっと面白い仕事回してほしい。

そして話の流れで、私が他の仕事って回ってこないんですか?とこぼすと、立浪さんは「そういうことはどんどん言ってください。吉田さんの希望とあれば」「やめられるよりはいいので!」と言い、配置替えに意欲を示した。
実のところ、今の仕事にすっかりうんざりしていて、3月にやめようと思っていた。
自社の営業担当にも相談していたのだが、自分の立場が悪くなるのが怖くなり先方には何も伝えていなかったのだった。
そうか……言ってよかったのか。

話は変わり、立浪さんに「吉田さんって独身?彼氏はいないの?」と聞かれ、「いないです!ヤバいです!!」と答えた。
べつに結婚は焦ってなかったけど、なんかそう答えたほうがいい気がした……。彼氏は欲しいし……。
立浪さんは「うちの会社結構独身の男性いるよ。誰かいいと思う人いないの?」「吉田さんの出会いも考慮した人事を…」などと言いだし、私も「アハハ!誰がフリーなんですか?!」と聞くと立浪さんは何人かの名前を出した(下世話だが…)。
その中に崎山さんの名前が挙がり、私は「あっ崎山さんいいじゃないですか♡♡」と言った。
崎山さんは私がこの会社にきてすぐの頃一緒に仕事をしたことがある人で、たいそうなセクシーガイである。
「さっきー(崎山さんのあだ名らしい)はあんまそういう話ないよ」
「へ~。モテそうなのに……」
なんか、ちょっとチャラっとしてて、ギャルをはべらせてそうな感じの人なのだった。
ただ、仕事ぶりは大変真面目だ。
まあ、わたしは相手にされない気がするが……。

***

年明けの2月末、崎山さんと面談があった。
3月から崎山さんのチームに入れるらしい。やった~。
崎山さんはどういう仕事がしたいか丹念に聞き取りをしてくれた。
立浪さんと話したことは冗談だと思うが、ちょっと喜んでしまうな。
魅力的な異性は心に潤いをもたらす。

崎山さんのチームに入ってしばらく経ち、先月中旬に飲み会があった。
崎山さんとちょっとは話せるかな……フフなどと思っていたら、今度の飲み会は課長(立浪さんだ)が座席表を決めたらしい。
座席表を確認すると、私の席は崎山さんの隣だった。
え……何か大変な粗相をする気がした。なぜそう思うんだろう。

気もそぞろに仕事したあと、歩いて駅近の居酒屋へ向かう。
崎山さんが話しかけてきた。
何気に自分とが一番長いんじゃない?とか、私の会社から新しい人が入ってこないのか、とか。
そして居酒屋につくと、吉田さんの席はここだよ、と自分の隣を指し示した。
崎山さんは私にお酌をし、自分のところに来たからには安泰ですよ、というようなことを言った。

このときの飲み会のことをうまく思い出せない。
いや、断片的によく覚えているけど、ここには書かない。
崎山さんは基本揚げ足をとってくるというかイジってくるというか格下をやり込めるのに躊躇がないというか……そういうカルチャーの人で、私はただ恐ろしく、押し黙り挙動不審になった。
崎山さんと話していると脳みそがチカチカして前後不覚になる。
なんだかうまく声が通らないし、言葉が出てこない。
そしてこの会社に来てすぐの頃崎山さんと一緒に仕事したときのことを思い出した。
会社に入りたての頃は何もわからず自信もなかったからだと思っていたが、そうではなかった。
私はこの人がものすごく!!苦手なんだった!!
崎山さんはなぜまったく話が弾んでいないのに、私と何か話そうとしているんだろう……と思って固まっていると、崎山さんは「さて、新人が挨拶に来ないからこちらから行こうかな」とひとりごち、別のテーブルへ立った。

***

後から思えばというかわかっていたはずだが、崎山さんには完全に立浪さんのテコ入れがしてあった。
多分、「吉田さんにやめられないように仲良くなっておくんだよ」とか言われていたのだろう……。
間抜けだ。そういうことだって思っていたら、もうちょっとうまくふるまえたんだろうか。
いや、大して変わらなかっただろう……。
とても落ち込んだが、何を憎めばいいかわからなかった。
こういうシチュエーションでその場を取り繕うこともできず、ただ固まって挙動不審になってしまった自分がつらかった。
もう大人なのにこんな思いするんだ。
崎山さんとは仲良くなるどころか100kmくらい後退した。
まあもういい。
苦い経験だった。
大人しくお仕事頑張ろう……。


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