見出し画像

ホウレイ線

 ホウレイ線。これ以上の中年の敵があるだろうか。

 コロナ禍。口元はマスクで隠れていた。私のホウレイ線は誰の目にも晒されなかった。

 首相が脱マスクを唱え始めた。それでも多くの日本人は、マスクを付け続けている。
 だが、すぐそこまで、夏が来ている。夏になれば、律儀な日本人もマスクを外すだろう。少なくとも、私は外す。暑いし。日射病になりそうだし。
 やっと堂々とマスクを外せる夏を、私は歓迎する。

 ところが、ここに問題が1つある。ホウレイ線だ。歳を重ねた分だけ、いや、それ以上のホウレイ線が、クッキリと私の鼻と口の間に刻まれている。

 マスクで隠れているのを幸いに、何もしなかった訳ではない。
 1日に1回は、舌の体操をした。舌を使って口の中からホウレイ線を伸ばす体操だ。ズボラな私にしては、頑張った。ただし、あまり効果はなかったようだ。

 寝起きの洗面所。鏡は残酷な現実を映し出す。1日で一番ホウレイ線が刻まれているとき。
 何かの間違いだろうと顔を洗い、せっせとオールインワンジェルを塗る。これで少しはホウレイ線が薄くなった気がする。

 帰宅後。またしても鏡は残酷な現実を映し出す。ホウレイ線の溝に、ファンデーションが入り込んでいる。
 仕方がない。メイク落としで落としていく。
 そんな毎日を繰り返しているのだが。

 マスクを外す夏が、もうすぐやって来る。この憎き線をどうにかしなければ。

 そこで私は一念発起した。安給料だが、高級クリームを買うことにした。
 1万円を超える化粧品を買うのは、生まれて初めてだろう。
 もう立派な中年だが、肌のお手入れは、もっぱらドラッグストアで買うオールインワンジェルだけだ。

 あまり贅沢もしない。マスクは、お洒落なマスクを横目で見ながら、ドラッグストアで50枚何百円のものを箱買いする。
 雨が降れば、数年前にコンビニで買った高級ビニ傘を差す。

 そんな私が、シワに効く高級クリームを買った。ネットで注文し、数日後に届いた。
 立派な箱に入っている。クリームは、想像より小さかった。きっと高級化粧品は、みんな小さいのだろう。「お得な大容量」であるはずがない。
 販促のためだろう、試供品がいくつも入っていた。
(こんなに高級化粧品を持ってる私って美意識が高い!)そう錯覚しそうになった。

 使い方を見ると化粧水→クリーム→乳液の順で使うようだ。
 困った。オールインワンジェル愛用者なので、化粧水も乳液もない。仕方がないので、ドラッグストアで化粧水を買った。これで良し。

 夜。さっそく、化粧水をつけた後、クリームをホウレイ線に塗る。チューブを押すと、思ったよりも硬い。出てきた。肌になじませ、仕上げはオールインワンジェルだ。
 いいのか、これで? 乳液ではないぞ。とりあえず、良しとする。

 翌朝の洗面所の鏡。……特に変化なし。さすがに1日では効果は出ないか。これから夏に向けて、がんばるぞ、多分。


#創作大賞2023
#エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!