見出し画像

【考察】月曜は"近い"のか

「月曜が近いよ」というネットスラングがある。
私はこれについて先日まで無頓着だったのだが、聞く所によると、何でもアイドルマスターの楽曲の一部を切り抜き、本来の歌詞に替わって「月曜が近いよ」という悲壮感溢れるワンフレーズのみを面白おかしく連呼させたMAD動画なのだそうだ。
可憐なキャラクターが屈託の無い笑顔で踊りながら休日の別れを嘆くあまりにシュールな光景にはつい腹を抱えたが、同時に一つ疑問を抱えた。

果たして月曜日は本当に「近く」、そして「来る」のだろうか?

ここでは、世間の人々が持つ常識という名の18歳までに身に着けた偏見のコレクションへ一石を投じるべく、本仮説を「月曜不到来説」と称し、検証していこうと思う。
お薬は増やさなくてもいい。

月曜が来ない可能性における3つの解釈

① 大局的解釈

1つ目の解釈は、一ヶ月単位のカレンダーを俯瞰する様に、長い目で見たら次の月曜もあるんだからカウントダウン止まらなくね?という物である。

どういう事か具体的に説明すると、まず前提として「月曜が近い」と言うからには、残り数日で月曜という所まで差し迫っている筈である。
であれば、今が日曜日だと仮定して考えてみよう。
日曜の次は月曜なのだから、月曜日までは残り1日だ。そしてあなたはそのまま順当に一日を過ごしたとする。
翌日になり、この瞬間月曜日までの残り日数は0日になる。つまりは月曜日になった訳だ。
恐らくあなたは「月曜日だ~…」と憂鬱な気分でいることだろう。
だが、ここで一度視野を広げて、一週間ではなく月単位で曜日を見てみよう。
今日が月曜日を指している事は明白だが、その翌週に別の月曜が鎮座しているではないか。

画像出典:illustimage様

このように、月曜日が来たタイミングで次の月曜日までの日数を計れば、0は7へと変換される。
つまり、「月曜日まで残り6日、月曜日まで残り5日…月曜日まで残り1日、月曜日まで残り7日」 を繰り返す事となり、月曜日は来ないのである。
この解釈に則れば、我々にとって月曜日が訪れるのは世界が終末を迎える時の正真正銘最後の月曜日のみとなるが、未来の予知が可能でない限り世界の終末がいつであるか事前に把握するのは不可能であり、事実上常に翌週に月曜が控えていることとなるため、永遠に月曜日は到来しないのである。
終末(週末)なのに月曜ってね。

② 逆転の発想

2つ目の解釈はやや上記のものと似ているが、その内容は異なる。

例えば、金曜日から月曜日まで残り3日…2日…1日…と日数をカウントして行ったとしよう。
そして流れのまま当の月曜日を迎えた時、あなたはそれ以降もカウントダウンを続行するだろうか。
当然ながら、残り0秒になっても尚待ち続けるような人間は居ないだろう。しても意味がないのだから。

しかし、よくよく考えるとその様なカウントダウンをするのは月曜日までの時間的距離が近いからであり、カウントダウンをする必要がなくなるという事は、月曜日との時間的距離が極めて遠い状態だと言える。
従って、月曜日は月曜日から最も離れていると捉える事ができ、月曜日が到来する事は無いのである。

③ 月曜日存在しない説

第三の解釈は、「水槽の脳という有名な思考実験がある様に、月曜日もヒトが見ている幻想なのではないか」とするものだ。

これは水槽の脳を根拠にしてはいるが、そもそも月曜日は人間間にのみ存在する物理的実体を持たない抽象概念な為、水槽の脳が偽であったとしてもこの説までも偽とは決まらない、つまり一般的なものより真である確率の高い僕の考えた最強の説である。
加えて近代物理学には時間は存在しないとする学説もあるらしく、それならば月曜日が存在しないという説があったとしても何も不自然ではないだろう。

この仮説が真実だったら

以上の解釈では、究極的には月曜日に対して他の曜日が干渉する事は無く(金曜や日曜を例に挙げているのも、あくまで月曜までの残り日数カウントをイメージしやすくする為)、月曜以外の全ての曜日にもこの理論を適用することが可能である。
つまり、この説を用いれば世界から曜日という概念が消失し、その結果休日と出勤日の境目も消え失せ、忽ち無秩序な社会になってしまう。
そういう意味では大変危険な説だと言えるだろう。

しかし思い出して欲しい。世の中にはあらゆる思考実験があり、中には宇宙の存在を揺るがすものや倫理観を疑う質問まで勢揃いである。
それに比べればこれも氷山の一角に過ぎない。

信じるか信じないかは、あなた次第だ。
(迫真)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?