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【モテ無双】私にとってモテ無双は通過点に過ぎない。

日々モテることを考えている私である。

誰に1番モテたいかといえば、自分自身だろう。

いつか今よりも歳をとって男性に振り向かれなくなったとしても、
私だけはその時の私を可愛くて最高な女だと思っていたい。

まず自分に気に入られない自分でモテるなどありえない。
自分でも知らない新しい自分に出逢いたい。
そのために日々モテについて頭をめぐらせている。


ところで、なぜ私はモテたいのか。
単純にモテると自由になれるからだ。

人生に迷ったら選択肢が多い方を選べばいい。


人生という予測不能な日々の連続を、
「どんな事があっても私なら大丈夫」と思いながらエネルギッシュに生きたい。

自由自在に生きることは私が私自身の人生に望む一番の能力である。


この自由自在をもう少し掘り下げてみる。
モテ始めてからというもの、不思議と仕事も上手くいくようになった。

モテることで、自分に自信がついたのかもしれない。私を侵食しようとする存在を跳ね除けられるようになった。


いろんな人がいるものだ。
自信をなくさせて、「私の言う通りにしていればいい」という美容師がいる。
以前私は、
「貴方のその骨格にはその髪型は似合わない。あなたはこうすべきだ」
と言われたことがある。

、、、たいへん大きなお世話である。

そもそも流行りなんて、
似合わない、
見たことない、
なんか変、からスタートするのに。

移ろいやすい価値観にしがみつくなんて、なんて弱々しいのだろう。

「私が行く先の美容師さんは、自分の好きを大切にしましょうと言ってくれますよ」
と返すと、何も言えなくなってしまった。
売るということはいろんな手法があるから、その人はただそういうことを大切にしていただけに過ぎないだろう。
しかし、こういった人に屈しない自分が出来上がったのは、やはりモテということを真剣に考えたからである。

女子アナのような格好をして不特定多数の男性にモテようとしたこともあったが、無理して取り繕う自分は少しも好きになれなかった。

結局、男女に限らず、人気などというものはずっとは続かないのだ。それならば。

最初から基準を他者にしない方がいい。
他者は必ず離れていく。長い可短いかだけで、いつかは終わりが来る。
けれど、自分はいつだって自分から離れない。

それならば、
一番そばにいてくれた存在、
またこれから先、
絶対に自分から離れない存在に基準を合わせたほうがいいに決まっている。

私は私のために生きよう。
私が一番喜ぶ私で居よう。

そう決意してからというもの、
不安を掻き分けて自分だけの未来からくる手綱のようなものから手を離さずにいられるようになった。

人から何を言われても、
時には自分でも「確かに他の人の言う通りだな」などと思っても、
けど何かわからないけどそう思っちゃったから仕方ないと、変な諦めがつくようになった。

そして、そうやって決めたことに不思議と後悔はない。
これを手放さなければいいんだ!と、より手探りが上手になった感じさえする。

私はモテるだけで人生を終わらせる気はなく、
モテて仕事もプライベートも自由自在になりたいのだ。


半年前までの私は、誰かの顔色を伺って、自分を責め続けていた。
誰かの理想になれない自分を責めていた。
恥じてもいた。

そのときは何を決めようとしても力が湧いてこなかったが、今は違う。
自分の選択ひとつひとつが楽しくて仕方ない。
私でさえ私がどう思うのか予測がつかない。
どこにいきたいのか、
何を見たいのか、
耳を澄まして過ごしている日々は
この上なくワクワクするし、エネルギーに満ちている。

最近私のnoteに反応をくださる方々は、
世間一般でいう常識にとらわれない方々ばかりな気がする。

自分でこうしたいと思った気持ちを大切にしている気がする。
そういう気持ちを文章にしている気がする。
異色ではあるけれど、自分の哲学を通すことはとてもかっこいいと思う。

私も、これまで以上にもっともっと自分を出していきたいと思う。

手始めに、3大欲求を確実に満たすところから始めてみよう。

例えば、

食べたいタイミングで、
食べたいものを、
食べたい量だけ食べる。

これがいかにできていないか思い知ることができたら、そこがスタートだ。





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