世界最強の析出硬化系ステンレス シリコロイ鋼
産業機械メーカーの調達担当/資材担当の1割だけが知っている
スーパーステンレス 「シリコロイ」
半世紀以上も前に開発された鋼であるにも関わらず、特殊鋼を取り扱う業界の中でも知名度が圧倒的に低いが、特性が秀でており非常に面白いので、是非目を通して欲しい。
日常でも料理器具や水回りに使われる金属素材として、ステンレスというものがある。ステンレスという金属元素はなく、鉄にクロムを10.5%以上添加した合金を総称してステンレス鋼と定義されている。
ステンレスの特徴は何と言っても、その名の通りステインレス(stainless)錆びないという特性を有している。(厳密には、鉄よりかは錆びにくいであり、チタンやニッケル合金に比べたら錆びるのだが、ここでは割愛する。)
日常で目の辺りにする銀色の金属達は、18-8ステンレスと言われるSUS304という耐食性が高いオーステナイト系ステンレスが採用されている。恐らくほとんどが中国製の安価なステンレスであろう。
日常では錆びなければ大きな問題は発生しない環境であるが、
酸性の化学品や薬品を製造する工場や、400度以下の高温環境が強いられるエネルギープラント、海水などの塩素に接する環境など、過酷な環境でステンレスは求められ活用されている。
そんなステンレス鋼の中でも、今回はシリコロイというマニアックなステンレス鋼について書いていく。
シリコロイとは
日本シリコロイ工業㈱の清水会長が関西大学の太田教授と共に研究開発した鋼で、シリコンを3.5%以上含有している析出硬化系ステンレス鋼のこと。
炭素の代わりにシリコンを添加し、シリコンが析出することで、コバルト合金のステライトに近しい特性(耐熱性と耐食性が落ちます)を発揮します。
丸棒、鋳造、鍛造、粉末と どの形状でも対応可能なようですが、あまりにも市中性が低いため、市中性があるステンレス鋼と比べると高価であるようです。
シリコロイの4種類
シリコロイA2
主成分:0.02C-3.5Si-11Cr-7Ni-Fe
時効処理を施すことで、硬度HRC48-52まで出せます。
シリコロイの中で、一番オールラウンドに様々な特性が秀でています。
シリコロイB2
主成分:0.02C-3.9Si-19Cr-9Ni-Fe
耐食性特化型で、SUS316と比較しても良好な鋼種です。
シリコロイD
主成分:0.02C-3.9Si-18Cr-14Ni-Fe
耐熱性特化型で、SUS310Sと比較しても良好な鋼種です。
シリコロイXVI
主成分:0.01C-3.6Si-10.5Cr-7Ni-1.5Mo-Fe
耐食性を劣らせずに、高硬度を実現した鋼種です。
硬度はHRC55-58をマークします。
特性
シリコロイをなぜスーパーステンレスと評するのか?
それは、ステンレスの中で各特性が総じて秀でているからです。
特に、注目しておきたいのは
「高硬度」「耐熱性」「耐食性」「部分時効硬化」「鋳造性(湯流れ良好)」の5点です。それぞれ、詳細を記載していきます。
高硬度
シリコロイは析出硬化系ステンレス鋼なので、析出硬化熱処理を施すことが可能です。
シリコロイA2を析出硬化すると、硬度はHRCで48-52をマークします。
ステンレスの中ではトップクラスに硬い鋼と言えるでしょう。
ステンレスで最高の硬度を誇るマルテンサイト系ステンレスの王者 SUS440CがHRC58以上をマークしているので、SUS440Cと比べると低く感じますが、HRCで48-52を有しながら、SUS630と同等以上の耐食性を有しているところが、シリコロイA2の本領と言えるでしょう。
耐食性と硬度(耐摩耗性)が求められる部品素材としては、魅力的に感じます。
耐熱性
そもそも、ステンレス鋼自体が CrとNiによって他の鋼よりかは耐熱性を有しており、350~400度以下の環境でオーステナイト系ステンレスなどは採用されています。
シリコロイA2は、450度までの耐熱性を有しています。
これは時効処理が470~480度の低温度域で熱処理されるため、それ以上の高温環境で使用されれば、機械的性質が低下してくることが要因です。
ローカーボンで鋭敏化しにくいというのも高温環境では採用しやすい利点かと思えます。
耐腐食
シリコロイは、析出硬化系ステンレスであるため、オーステナイト系ステンレスには若干劣りますが、耐食性もフェライト系やマルテンサイト系ステンレスと比べると良好です。
シリコロイA2は、SUS630と同等以上の耐食性を有していると言われています。SUS304と比べると若干 耐食性は劣る評価になります。
部分時効硬化
シリコロイは、レーザー焼入れや高周波焼入れで部分的に固溶化処理を施し析出硬化の下地を整えることで部分的に硬度を出すことが可能です。(もちろん、全体を時効処理することも可能です)
母材をシリコロイとし耐摩耗性が必要とされる箇所だけ部分的に時効処理を施し、内部には靭性を持たせることも可能となります。
かじりにくい性質があるシリコンが3.5%も含有されているので、当然 シリコロイも耐カジリ性を有しております。同材質ではかじってしまう為に硬度差をつけるべく表面処理を変えたり別材質にしたりする必要もありません。
また、母材の表層だけを硬化させれるのでギア素材として有効と言えます。
ステンレス製のギアで、かつ、外径はHRC50前後、内部はHRC34程度で靭性がある。耐食性と強度が求められる環境で使われるギア素材としてシリコロイ以上の鋼種は存在しないでしょう。
鋳造性
鋳造品でありながら1400MPaの高強度、SUS304相当の耐食性を有します、さらにはSiを多く含むため、溶湯の湯流れ性が良く薄肉鋳造品をつくりやすい特徴があります。
スクリューの羽根など薄肉鋳造に適していながら、引張強度も高いので、SCS材との置き換えも期待できそうです。SCSであれば、圧延材に比べてキロ単価が高いので、シリコロイ鋼と比べても値差が少なく代替しやすい領域であると思います。
活用事例
産業機械メーカーの調達担当/資材担当の1割だけが知っているというが、
実際どこに使われてんねん!と思われている方がほとんどでしょう。
日本シリコロイ工業㈱さんのWebページ 沿革から実績を抜粋いたしましょう。
・日本道路協会のローラーと支圧板にシリコロイA2鋼が採用
・中山製鋼所にてシリコロイ鋼による連続鋳造ローラーに採用
・安全弁用弁棒 350気圧用弁棒としてシリコロイA2鋼が採用
・ダンロップのゴルフシャフト用にシリコロイパイプが採用
・廃プラスチック油化還元装置にシリコロイ鋳物による大型反応釜が採用
・共英製鋼山口事業所にシリコロイ製ローラーと球面ベアリングが採用。
・東京電力 放射能海水タンク用のボールバルブをシリコロイA2鋳造で700個以上 製造。
・名古屋発電所 脱硫装置用スクリュー・インペラーにシリコロイが採用。
大手重工業メーカーとの取引実績も多く、産業機械のコアパーツにも採用されていけば面白いなぁと思っております。