韓国戒厳令の正しい見方: 韓国はアジアの民主主義のモデルに?
韓国の政治が大騒動だ。
ユン大統領が、12月3日夜の10時に突然戒厳令を布告した。この突然の布告に韓国だけでなく世界も一時混乱状態に陥た。
中には「北朝鮮が攻めてくる」と勘違いして缶詰を買占めした市民もいたようだ。
しかしその直後に緊急参集した国会により戒厳令を解除する決議を受けて、布告から6時間後にユン大統領はあっさり戒厳令を解除した。
人によっては、夜寝ている間に戒厳令が敷かれて解除されるという「コント」のような展開だった。
その後に国会は、野党の主導により「大統領弾劾決議」の投票を行ったが、与党の反対で三分の二に達しなかったことから弾劾は不成立となった。
ユン大統領は、間一髪で命脈を保ったが、政権は実質的に終わったと見ていいだろう。
的外れな日本の反応
日本では、この韓国の政治的混乱に関して「相変わらず韓国は・・」「韓国の大統領はろくなことにならにならない・・・」といった趣旨の意見が目立つ。
また親日的なユン政権が、よりリベラル(「アカ」と呼ぶ人も多い)で反日的な政権に交代することを警戒する意見も多い。
しかし、今回の戒厳令では、今までの韓国では初めての革命的な事態が起きている。
それは「軍が中立を保った」ことだ。
軍が中立を保つ
御存じの通り1987年に民主化をするまで、韓国は「バリバリの軍事政権」だった。
韓国の大統領は、1961年の軍事クーデターから1993年まで約30年間に渡って軍人出身の大統領が続いてきた。
その間、韓国では民主化運動の弾圧が続き、治安機関やKCIAなどの情報機関により反政府勢力に対する語るのも憚られるような恐ろしい弾圧、拷問などが続いてきた。
民主化以降も、朝鮮半島の対立を背景に、北朝鮮スパイの摘発を口実にした軍や治安機関、情報機関による密かな反政府勢力に対する弾圧は続いていたそうだ。
しかし今回の戒厳令騒ぎでは、軍が実質的に中立を保ったのだ。これは韓国の歴史上「画期的な出来事」だ。
国会には、大統領命令を受けた軍が「一応」展開した。
しかし報道によると、国会に展開した軍の司令官は、国会議員の逮捕命令を「軍の政治的中立に反する」との理由で「無視」したそうだ。
実際に戒厳令が発令中の国会近辺から行われたSNSのライブ中継に映った軍の特殊部隊の兵士の拳銃には「弾倉」が装填されていなかった。またライフルには「青色のマガジン」の模擬弾が装填されていることを、ネットの軍事マニアがいち早く指摘していた。
この様子から、軍は形式的には大統領令に従ったが、最初からやる気がなかったらしい。
民主主義の王道を示した韓国
今回の戒厳令のもう一つの特色は「議会が機能した」ことだ。
従来、韓国の政治は、各種団体による「大規模デモ」が大きな力を発揮してきた。
大規模デモにより社会機能を麻痺させ、政治に圧力を加える手法だ。
しかし今回は一応国会が機能している。特に戒厳令を六時間で終わらせた「戒厳令解除決議」は、与党の支持もあり「全会一致」で直ぐに可決された。
従来の韓国政治でお馴染みの「国会の乱闘騒ぎ」も一切見られなかった。
ソウル市内は普段通りの日常生活が営まれており、社会の混乱は殆ど起きていないようだ。
これは、韓国の政治だけでなく社会が「一段階レベルアップ」した証拠だ。
今回の戒厳令騒動は、今現在も進行中であり、その結末は未知数だ。だが少なくとも「法に則って」、軍が介入せずに「民主的に」ことが進む可能性が高い。
アジア通貨危機と国家破産
今の韓国政治の混乱を見て、韓国がレベルアップするという話を信じられない人も多いだろう。
しかし、これには前例がある。
1997年のアジア通貨危機の最中に発生した「韓国の国家破産」だ。
この時、外貨準備の尽きた韓国は、一時的にIMFの管理下に置かれて、国家破産に直面した。
IMFの命令のもとで、国の歳出削減が強引に進められ、隆盛を誇った財閥も殆どが解体された。韓国の誇っていた自動車メーカーや半導体産業の一角も外資に売却された。日本に追いつけと経済発展を急いでいた韓国にとっては、まさに「国辱もの」の事態だった。
しかし、皮肉なことに、その国辱ものの国家破産から韓国経済の急成長が始まった。
財閥が解体されて市場経済が徹底的に導入されたことから、韓国は奇跡の復活を遂げた。
日本に居ると気づかないが、今やサムスンや現代などの韓国ブランドは、日本製品を凌ぐ人気だ。
よく考えると日本でも一番使われてるスマホアプリの一つは韓国企業が開発したLINEだ。LINEは度重なる不祥事にも拘わらず、日本で依然として使われ続けている。日本のIT産業はLINEに替わるようなアプリを開発できていない。
同じことが政治でも起きても不思議ではない。
日本の政治はどうか?
一方で日本の政治はどうだろう。選挙で過半数割れしたにも拘わらず、相変わらず自公連立政権がダラダラと続いている。
様々な制度改正も棚ざらしのままで先送りされている。今現在、国会で議論されている103万円の壁問題も先行きは不透明だ。
何も変えられない、何も変えたくないという状態が、今後も続く可能性が高い。
アジアの民主主義モデルは韓国に?
韓国政治の混乱は、いましばらく続くだろう。もしかしたら1年どころか数年に渡って混乱が続くかもしれない。
しかし、その混乱を軍が出動せず、法に則り民主的に乗り切ることが出来れば、それは韓国の政治システムが、他のアジア諸国のモデルになる可能性を意味する。
例えば軍が政治に介入し、政治的混乱が10年以上続く東南アジアのタイなどでも、韓国をモデルに、民主的なプロセスで政治を解決する試みが出てくるかも知れない。
そして何より中国に対する影響が大きいかもしれない。
朝鮮半島は、中国から見た場合、歴史的に常に朝貢してくる属国だった。
その、かつての属国である韓国で、民主的プロセスによる政治の運営が定着すれば、中国の人々にとってもかなりショックかもしれない。
要は中国は韓国より「劣っている」ことになるからだ。これは大国としての中国人のプライドをかなり傷つけるだろう。
日本はアジアの盟主の座を失う?
既に日本は、経済力では中国に抜かれてアジア・ナンバーワンの地位を失っている。
また一人当たりのGDPでは、数年前に韓国に抜かれてもいる。
日本のアニメやゲームは、海外で依然として高い人気を保っているものの、今やポップカルチャーの分野でも韓国に完全に抜かれつつある。
日本のポップカルチャーのパチモノと思われていたK-POPは、今や世界を席巻している。
そしてアジアで初めてアカデミー賞の作品賞を受賞した「半地下の家族」のような韓国映画、Netflixで世界的ヒットとなった「イカゲーム」などの韓国作品が、海外で大人気だ。
日本に居ると気づかないが、東南アジアなどでは、今や韓国がアジアで一番オシャレな国と思われている。日本のイメージは「何となく古臭い」らしい(※実際に筆者がベトナムで言われた言葉)。
その上で、韓国が今回の戒厳令騒ぎを軍部や情報機関の介入なしに民主的に収束させた場合、韓国が政治的にもアジアのモデルケースになるかもしれない。
これは、古くは日露戦争以来、日本が保持してきた「アジアで唯一の先進的民主国家」という地位を危うくするものだ。
誤解を恐れずに誇張すると、将来のアジアは「韓国をハブ」に動くようになるかも知れない。