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香港に来たのが二回目なのに、どこに行くのが正しいのかわからずにとりあえず歩き回った話 沢木2.2 25
25.一人香港2
久しぶりの香港行きの便が着陸した瞬間、心の奥底に沈んでいたトラウマの小さな影がふと浮かび上がった。前回訪れた時、僕は恐怖に飲み込まれ、何ひとつ手にすることなく過ごしてしまった。その悔しさを胸に刻みつつも、今回はその重荷を振り払うように、香港を味わい尽くそうと心に決めていた。そして、不思議なことに、この一カ月ずっと感じていた腹の痛みも、香港の滑走路に触れた途端に消えていた。先進国に着いた安堵感がプラシーボ効果を生んだのだろうか。
飛行機を降り、片道2000円という電車の運賃に改めて目を丸くした。前回は当たり前のように払っていた額だが、インドの物価に慣れ切った僕たちには、500ルピー札二枚がいかに高価であるかが痛いほど分かった。匠吾は高額な運賃を嫌って空港に留まることを選んだ。しかし、僕には行かなければならない理由があった。あの時の怖れと向き合い、乗り越えるために。再び、一人香港の旅が始まった。
電車に乗り込むと、車窓の風景が次々と流れ去っていく。無数のビルが空へと突き抜けるようにそびえ立ち、その隙間からは青い海が顔を覗かせる。この光景こそ、かつて見た香港そのものだ。電車を降りると、真っ先にマクドナルドへ向かった。長い間、牛肉を口にしていなかった僕の身体は、それを渇望していた。一か月ぶりの牛肉は、しみじみとした懐かしさとともに舌の上で解けた。ただ、その価格には目が飛び出そうだったが。
次に女人街へ向かう途中、インドで紛失してしまった充電ケーブルのことを思い出した。女人街ではなく男人街で電子機器が手に入ると聞いていたので、そこで交渉を重ね、ついに100円で新しいケーブルを手に入れた。この値段も交渉の末の勝利だと思うと、小さな達成感が胸に灯った。
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その足で李鄭屋漢古墳を訪れた。入り口の展示室には、副葬品や石室の解説が並び、階段を上ると墳丘へと続いていた。ガラス越しに覗き込む十字型の石室は、時代を超えて僕たちを静かに迎え入れてくれるようだった。その古びた石の冷たさに触れるような感覚は、古墳が語りかける香港の歴史の片鱗を感じさせた。
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市場をふらりと歩いていると、「コシヒカリ」の文字が目に飛び込んできた。しかもそれが故郷の「福井県産」だということに驚いた。新潟産は日本でもよく目にするが、福井県産は初めてだった。その横には北海道産の鮭を使ったおにぎりが並び、住所と居所の香りを感じさせた。懐かしさに胸を締め付けられ、手に取ろうとしたが、価格を見ると400円。財布と相談して、ロマンを諦めた。
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女人街では、以前地下鉄が怖くて行けなかった場所にようやく足を踏み入れた。雑多な露店が並び、手に取ったお土産を買うと、知らない種類の紙幣がお釣りとして返ってきた。香港では、3つの銀行がそれぞれ独自に香港ドルを発行しているという。この街では通貨一つとっても、多様性と混沌が同居しているのだ。
嗇色園黄大仙廟に足を運んだ時、僕はその荘厳な空気に一瞬で包まれた。香港最大級の道教寺院で、道教、仏教、儒教が融合したこの信仰の場には、健康や金運を祈る人々の熱気が満ちていた。観音菩薩や月の翁の像を前にした時、どこか懐かしい感覚が心をくすぐった。静かな中国庭園を歩きながら、頭上では中国の旗が香港の旗よりも高くはためいているのを見て、時代の移り変わりとともに変わりゆく香港の姿を思った。
次に向かった九龍城の跡地は、聞いていたカオスが跡形もなく消え、美しい公園へと姿を変えていた。安全のためだろう、あの不気味で不思議な魅力を持つ九龍城は完全に消えてしまっていた。しかし、小屋の中に入り、プロジェクションマッピングで再現された九龍城を目にした時、僕は時空を超えて過去に引き戻されるような錯覚を覚えた。その映像の中で、廃墟と混沌の象徴だった九龍城が生き生きとよみがえり、再び僕の目の前に広がった。
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深センに足を伸ばそうと地下鉄に乗り込んだが、トランジットビザの取得が難しいと判断して途中で降りた。その駅の名前は「大學」。降り立った場所には大学があり、学生たちの笑い声と活気が溢れていた。若さと熱気に満ちた彼らの姿を横目に見ながら、僕はまた次の行き先を思案した。
動物園を目指し、道に迷いながらようやく辿り着いたが、そこには猿しかいなかった。静かに猿を眺めながら、どこか虚しさを感じつつも、ただぼんやりとした時間が過ぎていった。この静けさが逆に心地よいような気もして、不思議な感覚だった。
イギリス統治時代の総督府の建物を目にした時、僕はかつてイギリスが香港やインドを支配していた時代の広大な影響力を思い、あの国の巨大さに改めて驚嘆した。歴史の中で形作られてきたこの土地の複雑さに心を馳せながら、僕は次の目的地へと歩みを進めた。
宇宙博物館にも行ってみたが、残念ながら閉館していた。自分の卒論に関連するテーマを見つけられればと淡い期待を抱いていたが、それは叶わなかった。その後、本屋を訪れた。前回、仮面ライダーWの漫画を見つけた記憶があり、オーズもあるはずだと期待していた。だが、自力では見つけられず、店員に「仮面騎士OOO」と紙に書いて尋ねると、「仮面ライダーオーズ」と正しく発音されて驚いた。残念ながらその本屋には在庫がなかったが、代わりに日本史の教科書やギリシャ神話の漫画など、興味を引く本がたくさん並んでいた。
晩御飯にはギリシャ料理のレストラン「アポロン&アルテミス」を訪れた。店内にはアポロンとアルテミスの像が並んでおり、その絵の具がホーリー祭りのように鮮やかだった。完全予約制だったが、ギリシャ語を話すと特別に入れてもらえた。高価な料理の中、僕が頼めたのはエビを二匹だけ。そのエビは目の前でワインを注がれ、火をつけるパフォーマンスとともに提供された。その演出に、これも値段に含まれているのだと納得せざるを得なかった。
尖沙咀海濱花園で、シンフォニー・オブ・ライツを見るために夜景のポイントに向かった。辺りはすでに多くの人で溢れ、夜空には香港の摩天楼が鮮やかに浮かび上がっていた。光と音楽が一体となり、目の前の景色がまるで夢の中のように感じられた。かつて僕が見た香港の夜景とは、桁違いの豪華さだった。
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最後に空港に戻ると、エアポッツをなくした匠吾と忘れ物センターに探しに行った。その場所は空港の通常では入れないエリアにあり、まるで探検をしているような感覚だった。今回の旅で、香港がどこか日本のようだと感じる場面が多かったが、この忘れ物センターこそが、一番の冒険のように感じられた。