きゃっはーん〜北海道の常識
私には4人の妹と弟が1人いるが、そのうちの3番目の妹が小学生の時、母に連れられて知り合いの牛舎を訪れた。
運命のその日、妹はふと目があった、ある一頭の牛に一方的に恋心を抱き、それからというもの高校を卒業するまで、自主的にそこに通い詰めて牛のお世話の修行をし、大学は栃木だったか茨城だったかの酪農関係の学部に行った。
卒業後は北海道の牧場に永久就職希望だったが、そもそも牧場というのは家業として継ぐもののようで、同級生も妹以外は100%、牧場の子女だったそうだ。
そこで妹は仕方なく、北海道のペットショップに勤めた。
大型の農業機械の運転免許も、牛の種付けの技術も活かせなかったが、そこで今の夫になる人に出会い、彼女はなんとか北海道民になることができた。夢の半分は叶ったということだと思う。
そんなわけで、嫁いで20年弱の妹は、まあまあ地元に詳しいが、もちろん生粋の道産子とはいえない。
その妹と、この正月に実家の近所を歩いていた時、ふと幼い姪っ子の靴に目が留まった。
その、ビニール製のレッグウォーマーのようなものはなに?
私の質問に、妹は
「これ?『きゃっはーーん』だよ。北海道の常識。冬は幼稚園にもみんな履いてくの。マジックで名前を書いてね。ツナギと靴の隙間に雪が入らなくなる優れものだよ」
と、教えてくれた。
えー!
キャシャーンじゃなく、きゃっはーーん?
そんなネーミングの物があるとは。
前に姪っ子の長靴の底に滑り止めのスパイクがついていた時も驚いたが‥。
やはりあれほどの雪国に住む人たちの文化は、情報化社会であってもまだまだ全国区でない物があるのだろう。いつかケンミンショーに出るかな?
そう感心した私は、関東に戻って早速、私同様に北海道の常識に暗いと思われるシティーボーイの彼氏(60代)に張り切ってその話を聞かせてやった。
すると、なんでもすぐにネットで調べる癖のあるシティーボーイは、パソコンをたかたかっと叩き、画面を私にくるりと向けて
「脚半(きゃはん)だね。」
と言った。
なるほど。
妹は耳コピや、他にも五感をフルに稼働して、経験を積み重ね、地元に慣れ親しみ、りっぱな北海道のロコになろうとしているのだな。いじらしい。
小学生の時、父から「ストロベリーロード」という、ハワイの日系人についてのノンフィクション小説を買ってもらった。
そこにも「ワラ(Water)」や「プラダ(Brother)」のようなピジン語とも言えるような単語の発音が登場して、とても興味深く思ったことを思い出した。
妹よ、これからも頑張ってくれ。
脚半のことは、シティーボーイからは妹に教えてやれと言われたが、そんなことは余計なお世話だと応えた。