魔法のタルト
板の上に置いた黄色い生地を、スティックで転がすと、卵が牛乳や砂糖で絡まった匂いが辺りに広がる。
ギザギザの型の上に流し込んで朝の冷たい空気で冷やす。
四つ葉町のあるこの島国の朝はとても寒い。
例えば玄関の前にコップを置くとそのなかの水が氷るほどだ。
急いで、瓶の中に入った”夢の欠片”を取り出して”乙女の涙”で濡らす。
夢の欠片はこの雫で、うまくいけば逃げないでいてくれる。
この一連から、「魔法のお菓子屋さん」は開店するのだった。
自由になりたそうな夢の欠片を、心を鬼にして見つめていると、店のドアのベルが鳴った。
「お客様、まだ準備中....…」
振り返ると、その相手がただのお客様でないことが分かった。
黒ねこは口に手紙を挟んでいた。頭には郵便局員の帽子をかぶっている。
しゃがみこんで手紙を受け取ると、黒ねこは当然のように店の奥に入っていく。
「寒かったでしょう、暖炉で温まるといいですよ」
「ええ、お気になさらず」
黒ねこは私を見つめて、ミルクを無言で催促する。
私は仕方なしに暖炉の火に鍋をくべる。
このお客さんは、無言の圧がすごい。
実は毎度手紙を渡しに来たついでに、開店前の店でゆっくりとしていってしまう。
新聞が届いている日は長居して、昼までいる。
「今日も郵便局は忙しいですか」
「忙しいですよ、今日は祈りの月初めですからね」
そうだった。
この島は、月の初めに国のみんなで、空に向かって豊作を祈る習慣がある。私はそれで夢の欠片を閉じ込めていたことを思い出した。
「あの、今日はお店には誰も入れないんです」
夢の欠片を閉じ込めたガラス球を前に、足が落ち着かないで黒ねこを追い返そうとする。
「そうですか」
けれど黒ねこはそういったきり。
朝から困ったな。
朝日が窓から差し込んで、ミルクはいい加減に温まった匂いがした。