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友と呼ばれた冬~第42話

 俺は成田から聞いた情報を共有すべく、梅島に電話を入れた。

「もしもし」

 背後が騒がしい。会社には居ないようだ。

「梅島さん、いま大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。歌舞伎町に来ている。郷田の行きつけの店の手掛かりを探そうと思ったんだが、横文字の店がほとんどだ」


「成田さんから店の名前を聞きました。エンブレイスです」
「エンブレイス?わかった。成田が出て来たビルに行って確認してみよう」

 俺は郷田が映像を元に成田を脅迫していることを手短に伝え、成田が脅迫されていたことから、他の二組の客も同じ目に遭っていると思われること、千葉が成田を利用しようとしていることをかいつまんで話した。

「梅島さん、大野の娘が郷田に捕まりました。映像と引き換えに返すと郷田から電話があったんです」

 沈黙の後、大きなため息が聞こえてきた。

「郷田がそこまでやるとは思わなかった。大野の娘は無事なのか?」
「はい。声は確認しました。郷田と一緒に居るのも間違いありません」

 梅島の荒い息づかいだけが聞こえてくる。どんな顔をしているのか想像がついた。
 当たり散らして暴れ出さなければいいのだが。

「梅島さん、大野の娘を助けるのが最優先です。今は堪えてください」
「わかってる!」

 梅島のあの様子だと怒りを爆発させる寸前だろう。梅島が一旦怒り出すと手がつけられない。
 
 大きく息を吸い込む音が聞こえてきた。

「いいか、真山。くれぐれも慎重にな。動きがあったら俺に報告してくれ。俺はエンブレイス、だったな。店で郷田の話を聞いてみる」
「梅島さんも気をつけて」

 電話を終えると、美咲がカウンターの中から出てきた。

「良かったら私にも協力させて。ごめんなさい、全部聞こえちゃってたの。私でも何かお役に立てるかもしれない」
「すいません、申し出はありがたいんですが危ない目に遭わせてしまうかもしれません」

 美咲は暫く考えた後、言った。

「それで、これからどうするの?」

 まるで俺の話を聞いていなかった。芯の強い美咲の目は有無を言わせなかった。成田が諦めろと言うように首を振って俺を見ながら立ち上がった。

「すまなかった、私の女遊びが原因であなたや友達を巻き込んでしまった」

 成田は彩乃に仕組まれたと分かった今も、頭を下げられる男だった。
 俺はどうだ?いつまで意地を張り続けるつもりだ。

 不思議な感覚だった。梅島、成田、美咲。いつの間にか俺は周りとの壁を取り払いつつあった。その穴を最初に開けたのは大野と千尋なのかもしれない。”探偵”として俺を頼ってくれたことが俺を変えたのかもしれない。

 かつての俺は安っぽい正義感だったかもしれないが、プライドを持って依頼人の為に探偵という仕事をしていた。俺は結局、誰かのために動くことが好きなのだ。いがみ合うのではなく笑顔を見ることが好きなのだ。

大野おれのゆうじんには直接謝ってください」

 立ち上がり成田に一礼した。言外に大野を助け出す協力をしてくれと含んで言った。

 二人に簡単に状況を伝えたあと、限られた時間で今出来ることは不審な動きをしている千葉を監視することだと説明した。

「千葉の車が都内から神奈川へ向けて移動しています。もしかしたら郷田と大野の娘も一緒かもしれません。私はタクシーを拾って千葉の動きを見ながら追尾します」
「私と美咲は何をすればいいんだ?」

 成田の言葉が終わるより前に、

「三分だけ待ってて」

 美咲はそう言うと店の外へと飛び出していった。
 俺が理解できないでいると、成田が苦笑しながら言った。

「車を取りに行ったな。何を言っても無駄だぞ。あぁ見えて自分がこうと決めたら折れないんだよ」

 成田は残りの珈琲を飲み干すと、自分の携帯電話を取り出した。

「私だ、今日はこのまま帰る。ん?あぁ、腹が痛くなった」

 それだけ伝えると電話を切り、”何をしているんだ?”と言いたそうな顔で俺を見ながら立ち上がった。

「成田さん?」
「なんだ?私も頑固なら引けを取らないぞ」

 得意げに言う成田の顔を見て俺は一人で悩むことが馬鹿らしくなった。

「ご協力感謝します」

 素直な気持ちでそう言えた。

 三分も経たずに、店の前に通り雨に濡れた鮮やかなブルーのPEUGEOTが止まった。


 俺と成田は顔を見合わせ、店を出た。

「真山さん、お願い」

 助手席の窓から投げられた鍵を受け取り店を施錠した。成田はもう後部座席に乗っている。

 助手席に乗り千葉の位置を確認すると、羽田を越えて川崎大師辺りを指している。東海JCから1号横羽線に入ったようだ。

「千葉は羽田を通過しました」
「着実にこちらへ向かってきているな」

「はい。美咲さん、瑞穂ふ頭へ最短で行けますか?」

 美咲は一瞬こちらを見たが何も聞き返さずに黙ってうなづくと、アクセルを踏み込んだ。
 すぐに「横浜公園」入口から1号横羽線に入るとスムーズに加速した。土地勘がある者は心強い。

 車内に余計なものは一切置かれてなく、清潔そのものだ。
 日々自分で洗車をして1日300km以上走っていると、その車がどのように扱われているのかわかるようになる。
 美咲のPEUGEOTはほぼ完璧だった。この人目を引きすぎる鮮やかなブルーを除いては。


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