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友と呼ばれた冬~第36話

 きっかり3時に成田が店に入ってきた。

「急に降ってきたな、休み時間に悪いな」
「一度や二度じゃないでしょ」

 成田は顔を緩めたが俺を見ると険しい目を向けながら向かいの席についた。

 地味なスーツを着込んだ成田は、映像で見た印象とは違って見えた。役人らしい厳格さが目元に刻まれているように感じられる。だが先ほど店の女性に見せた表情には、人の警戒を緩めるような人懐っこさが見えていた。

「真山さん。私の浮気の話と言っていたが、用件を聞きましょうか」

 落ち着いていた。場馴れしているのだろうか?

「私は昨年、あなたがクレームをつけたタクシー運転手の同期です」
「なるほど、仲間か。私は埠頭で時間通りに待っていた。何故来なかったんだ?映像は持ってきたのか?」

 成田が一気に捲しまくし立てる。パズルのピースがカチリカチリと音を立てて嵌ってはまっていく。

「成田さん、ここで話していい内容なんですね?」

 成田は不思議そうに俺を見た。

「そんなことを気にしているのか?」
「この話題はこの店には合わないような気がしただけです」

 成田の目元が笑った。人の好い笑い方をする。俺の感覚はこの店のフィルターに覆われてしまったのだろうか。

「いい店だろ。ここは先代がやっている頃から通っている。あの子がまだ高校生の頃からだ」

 成田の前に珈琲が出された。
 新緑のような鮮やかな色をしたカップだ。

「真山さん、私のことは気にしないでくださいね」

 あの子とはこの女性のことだろう。

「ほぉ、珍しいな」

 成田は珈琲を口にしたあと、そう言った。

「何が珍しいんですか?」

 俺の問いに成田は答えなかったが、態度を軟化させたように見えた。

「映像を渡さなければ金も渡せない。大野にそう言っておけ」

 成田の言葉に少なからず動揺した俺は気取られないように間を置いて珈琲を一口飲んだ。最初の一口より苦い味がした。大野は成田を脅迫していたのか?

「大野はあなたを強請ゆすっていたんですか?」

 成田は、まるでそうすれば俺の頭の中が見えるかのように眼を細めて無言で俺を見ていた。

「お互い話が見えていないようでは時間の無駄だ。まず、これを見てからあなたの用件を聞かせてくれないか」

 成田はそう言うと、携帯電話で撮影した写真を俺に見せた。

 成田の口調が変わった。俺は完全に成田の土俵に上がってしまった気になっていた。だが不思議と成田からは役人の居丈高な雰囲気を感じなかった。実務一辺倒な物言いはかえって清々しいほどだ。

 それは印刷されたA4用紙一枚の脅迫状だった。そこにはこう書いてあった。

『あなたのクレームで迷惑を被った男だ。
あなたの浮気の証拠を手に入れた。
口止め料と慰謝料として300万円を要求する。
払えば証拠は返す。
警察に届けたら、あなたの奥さんと職場にあなたの浮気の事実を公表する。
あなたの立場はわかっている。
金を払うか、地位を失うか。
1月9日午後6時に芝浦南埠頭公園で待っている』

 読み終えた俺が顔を上げると、成田は次の画像を見るように促した。

 画面を左にスライドさせると、俺が見た車内映像から抜き出した静止画が3枚入っていた。Nのフォルダにあった3つの動画からそれぞれ抜き出したものだった。

 見終わった俺が携帯電話を返すと、成田は話し始めた。

「年の瀬に会社に届いた」
「それで金を用意して指定の場所に行ったんですね?」

「あぁ、そうだ。午後7時位まで公園で待ったが夜景を見に来たカップル以外は誰も現れなかった。実は、この脅迫状は半信半疑だったんだ。浮気の証拠と書いてあるが、私は浮気はしていない。女遊びはするが女房も承知の上だ」
「あなたがそういう目に遭っていることすら知りませんでした。私はただ一日でも早く大野の安否を知りたいだけです」

 俺は千尋から電話があった夜から始め、映像を入手した経緯までを時系列で成田に話した。

「それで……大野はその日に車を芝浦ふ頭に放置したまま失踪したというんだな?」
「はい。ただ大野は芝浦ふ頭に行く前に、迎車で瑞穂ふ頭に行っています。先ほどあなたが埠頭で待っていたと言った時、私はてっきり瑞穂ふ頭かと思っていました」
「東神奈川のか?」

「そうです。瑞穂ふ頭で1時間ほど停車しています。その後、回送で芝浦ふ頭へ行っていました」
「車内カメラの映像を見れば大野が瑞穂ふ頭で何をしていたのかわかるだろ?」

 仕事柄かクレームの一件があったからか、成田は車内カメラの存在を知っていた。

「本来ならそうなんですが、引き上げた大野の車のSDカードには映像記録が何も残されていなかったんですよ」

 成田は黙り込んだ。
 俺の話を信じているのかどうかもわからない。

「大野は自分から失踪したとは考えてないんだな?」
「はい。何かに巻き込まれてしまったと思っています」
「理由を聞かせてもらえるかな?」

「一つは、大野が私に書置きを残していたからです。大野が自分から失踪したかったのなら、わざわざ探して欲しいと書置きを残していくのはおかしいからです。それと大野が持っていた壊れたノートパソコンに隠してあった映像は、あなたの映像以外にも二組の男女の同じような映像がありました。大野が単独で集められるものではありません。そして先ほど読ませて頂いた脅迫状」

「あぁ。最初の一文だろ?」
「はい。あの一文で自分が誰なのか告白しているようなものです。こんな間抜けな脅迫状は見たことがありませんよ。大野を匂わせるために書いたんでしょうが」

「そうだな。私もまったく同感だ。ただ・・・・・・12日の夜に電話があったんだよ。大野、いや、大野を名乗る人物から」


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