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友と呼ばれた冬~第9話
第二章 真山、調査開始
午後になると雪はもうすっかり止み電車も通常運転に戻っていた。西早稲田で電車を降りて、歩道に残った雪を踏みしめながら諏訪通りへと歩いていった。新宿営業所は明治通りから早稲田の方に少し入った場所にある。乗務中に何度も前を通っていたので迷うことなく着いた。他の営業所に比べると車の保有台数も少なく、こじんまりとしていて整備工場もない。車庫の奥に一台止まっている以外には車両は見当たらず閑散としていた。
凍った雪に注意しながら外階段で二階に上がり室内に入ると、事務所の中でパソコンに向かっているスーツ姿の梅島の姿を見つけた。梅島以外には納金をしている乗務員が数名居るだけだった。
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「梅島さん」
と、声をかけて軽く会釈をする。
「真山か?久しぶりだな」
「ご無沙汰してます。似合わないですね、その格好は」
「この野郎」
梅島は恥ずかしそうに笑うと手招きして応接室に通してくれた。
「突然すいません」
梅島に続いて向いのソファに座り頭を下げた。
「大野のことか?」
回りくどいことが嫌いな梅島はこちらの意図を汲んですぐに切り出してきた。
「はい」
「お前にも連絡を取りたかったんだが、番号変えたか?」
俺は一昨年、携帯電話を買い換えた時に番号を変えたことを思い出した。
「すいません、変わってます。梅島さんのことは今朝、坂本から聞きました」
「お前らは同じ上野だったか」
梅島は懐かしむような眼で俺を見た。
「大野のことなんだが」
「梅島さん、実は」
梅島の話を遮って鞄から大野の書き置きと千尋からの委任状を取り出し昨日の出来事を説明したが、必要な部分にだけ留めておいた。梅島は書類を見ながら俺の話を聞き終えると困惑した顔で俺を見た。
「そうか。お前、探偵だったな」
「今は大野と同期の、ただの乗務員です」
俺は灰皿を見つけてタバコに火をつけ、梅島にも一本差し出した。
「今年は禁煙しようと思っていたんだけどな」
梅島はタバコを受け取り自分のライターで火をつけた。梅島の禁煙の誓いは会うたびに聞いている気がする。
俺は辛抱強く沈黙を通した。梅島の葛藤が伝わってくる。
「色々と個人情報にうるさい世の中でな」
俺は梅島の目を見ながら待った。
「教え子との世間話なら文句もないか」
「ありがとうございます」
「娘さんの委任状も用意してあるとはな」
「梅島さんがここに居てくれて助かりました」
梅島は顔の前で手を振った。
梅島の話によると、大野の車は芝浦ふ頭近くの首都高速道路の下に放置されていたのを、パトロール中の警官が見つけたということだった。エンジンはかけたままで、釣り銭箱や私物もそのまま車内に入っていたらしい。不審に思った警官は暫くその場で大野の帰りを待ったが30分が過ぎても現れなかったために、会社を割り出して問い合わせてきたようだ。
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「警察はまだ動いていないんですか?」
「車が荒らされた様子もないし売上金も残っていた。会社が大事にしたくないってのもあるだろう」
「下に停めてあるのは大野の車ですか?」
「そうだ。昨日、警察の立ち会いの元で俺がここまで移動させた。事情がはっきりするまで触れないようにと警察から言われている。手袋を嵌めて運転したのは現役だったころ以来だ」
「大野の私物はそのままですか?」
「あぁ。今夜、所轄から調べに来ることになっている」
そこに俺が立ち会うのは難しそうだった。
「俺は立場上、立ち会うことになっている。お前の番号を教えてくれるな?」
暗に情報をくれると言ってくれた気遣いがありがたかった。俺は梅島と携帯電話の番号を交換した。
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