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友と呼ばれた冬~第14話
梅島との電話を終えタバコに火をつけて肺深く吸い込むと、寝不足からなのか眩暈を感じ、ソファーに横たわった。
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このまま眠ってしまいたかった。余計なことに首を突っ込んだ自分を罵りたい気分だった。
ふと千尋の顔が思い浮かび俺は偽善者なのか?と声を出して尋ねてみた。千尋が答える代わりに、何もないモノクロームのアパートに母親と千尋の写真だけが色彩を帯びて浮かび上がった。
吐き出した煙が霧散した思考と混じり合い、探偵をしていた頃の失踪人調査の記憶がよみがえった。伝えるべきことか迷ったが動くなら早い方がよい。俺は千尋に電話をかけた。
数回のコールのあと、千尋が出た。眠ってはいなかったようだ。
「もしもし?」
「真山だ。すまんな、夜遅くに」
「大丈夫です。何かわかったんですか?」
梅島から聞いたことを含めて全ての事実を話した。
暫くの沈黙が続いた。中学生の千尋にとっては相当な重荷に違いなかった。
「父は無事なんでしょうか?」
いま俺がもっとも答えにくいことを聞いてきた。俺の話を聞いて、真っ先に父親のことを心配する千尋の思いに答えた。
「事実はいま話した通りだ。俺の考えなら聞かせることは出来るが、その前に半年前に何があったか教えてもらえるか?」
俺は大野が妻に先立たれた後、まだ当時小学生だった娘のことを不憫でしかたがないと話していたのを思い出していた。
研修中にはスマホで撮った千尋の写真を見せたり、千尋が大野に向けて書いた手紙を見せてくれたりした。千尋の手紙にはいつも最後に「お父さん大好き」と書かれていたのを皆で冷やかしたりした。そんなとき大野はいつも嬉しそうに笑っていた。そんな大野が一人娘の千尋と別々に暮らすことになった原因を知りたかった。
少しの沈黙のあと千尋が言った。
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「父がひどく落ち込んで帰ってきた日がありました。はっきりと話してはくれませんでしたが、『お客さんとトラブルがあって顛末書を書かされた。クビになるかもしれない』って言っていました。それから暫くして突然お祖母ちゃんの家に行きなさいって父が言ったんです」
顛末書を書かされるほどのトラブルなら映像記録を確認したはずだ。大野はその時SDカードの存在を知ったかもしれない。梅島が言っていたクレームもこのことである可能性が高い。
「そうか。その客とのトラブルが失踪の直接の原因になっているかどうかはわからないが、大野の生活が変わるきっかけになったのは間違いないと思う。大野の書き置きはこうなることを予期して残したものだ。君をお祖母ちゃんに預けたのは君を巻き込みたくなかったからだと思う」
「お父さんは自分から失踪したんでしょうか?」
結ばれた思考に確信はあったが千尋にとっては酷なことを言わなければならなかった。
「書き置きにはなんて書いてあった?」
千尋の聡明な目が思い浮かぶ。
「帰らないかもしれない、真山さんに連絡……。」
「そうだ。大野は自分が居なくなったら探して欲しかった。そのために元探偵の俺に連絡をしろと書き置きを残した。自分の意思で失踪するものは自分を探してほしいとは考えない」
「じゃあお父さんは誰かに?」
「はっきりとはわからないが可能性は高い」
「そんな……」
父の失踪がいま現実になったかのような悲痛な声だった。
「真山さん、警察に一緒に行ってくれませんか?」
会社がどう考えているにしろ、父親が何かに巻き込まれているかもしれないと考える以上、千尋が警察に届け出を出しておきたいと思うのは当然だ。
大野のアパートから持ち出したノートパソコンが気にかかったが、警察が失踪届を受理したところですぐに動くことはないだろう。いずれにしても俺の事情が千尋の思いを踏みにじる理由にはならない。
「悪いが俺はまだ警察には関わりたくない。もう少し調べてみたいことがある。明日、大野の営業所に行く用事があるから警察まで送ろう。学校は何時に終わるんだ?」
「ありがとうございます。夕方5時頃には新宿に行けると思います」
「JRだったな。東口の交番の前で落ち合って打ち合わせをしよう」
「はい」
「大野のアパートで君を見られた可能性がある。脅かす訳ではないが注意するんだぞ」
「わたし足は速いんですよ」
「そういうことじゃ――。」
「わかってますよ。何かあったら探偵さんに助けてもらいます。おやすみなさい!」
まるで自分の弱さを隠すかのように千尋は早口でそう言って電話を切った。千尋の不安な顔が目に浮かんだ。俺は大野を見つけることが出来るだろうか?千尋を守ることは出来るだろうか?考えても仕方がなかった。久しぶりに他人から頼られている。不思議と満たされていた。
ようやくビールを飲める、そう考えながら俺はそのままベッドに倒れこんだ。
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