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友と呼ばれた冬~第10話
「梅島さん、大野は芝浦辺りでも営業していたんですか?」
俺は大野の車が芝浦ふ頭に放置されていたことが気になっていた。
「いや。あいつはいくら注意しても新宿で仕事をしていた。銀座まで客を乗せて行ってもまっすぐ新宿に戻ってきていた。誰かさんみたいにな」
最後の一言は余計だったが、俺は軽く流した。
「大野は芝浦ふ頭で何をしていたんでしょう?」
「それは、あれだ。芝浦ふ頭まで客を乗せたのかもしれないし、静かな場所で休憩をしたかったのかもしれない。必ずしもそこで営業していたとは言えないんじゃないか?」
確かにあらゆる可能性が考えられる。
「大野の車がそのままなら記録は残っていますよね?」
俺の会社のタクシーには、ドライブレコーダーと車内カメラが搭載されている。ドライブレコーダーは言うまでもなく事故を起こしたり事故に遭った時の映像証拠となる。車内カメラは乗務員の安全のためという建前だが、実際は客からの苦情が入ったときに乗務員がどういった対応をしているか、乗務員の「穴」を探すために見られることが多い。
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例えば、「遠回りをされた」という苦情が入った場合、車内カメラの映像と音声で乗務員がどういうやり取りをしていたのかを確認する。客とルートの確認をきちんとして指示通り走っている場合もあれば、ろくにルートも確認せずに走って、結果遠回りになっている場合もある。この記録を元にして客の苦情に対してどういった対応が取られるかが変わってくる。
実際に走ったルートは、乗務中の走行記録を全てGPSログとして保管されるシステムで確認することができる。その記録を見れば客を乗せて走ったルート、空車で走ったルート、休憩を取った場所が一目瞭然でわかる。
通常、一台のタクシーには二人の担当がついて交互に乗務をこなす。そうすることで車を遊ばせることなく常に稼働させることができるからだ。GPSログや映像記録は一乗務分だけ保管される。つまり、次の乗務員が出庫をした時点で前の記録は上書きされて消えてしまう。
大野の車は昨日梅島が引き揚げてきて下にあるから、ログも記録も書き換えられていないはずだ。但し、これらの記録は乗務員と客のプライバシーに関わるものであるため、事故や苦情と言った事情がない限り本人でさえも見ることはできない。ましてドライバーが自分以外の記録を目にすることはまずない。
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大野が自主的に消えたにしろ、何らかの犯罪に巻き込まれたにしろ映像と音声から得られる証拠は大きい。
「まだ事件性はないという見方だが今後どうなるかわからない。いずれ警察からも指示があるかもしれないな。今夜、大野の私物を調べるときに映像記録を抜き出して保管しておこう」
「よろしくお願いします」
「わかっていると思うがお前が直接見ることはできないと思うぞ」
「わかっています。今日は梅島さん一人なんですか?」
梅島は頭を掻きながら顔をしかめたが目は笑っていた。
「昨日の雪で事故車が多くてな。うちは工場がないから職員総出で他の工場へ車を回してるところだ」
「電話番ってところですか」
「じじいは留守番してろってことだろう」
昔と変わらない豪快な笑い声が応接室に響いた。
課長になった梅島は会社寄りのはずだった。今日、梅島が一人じゃなかったらここまで話して貰えたかわからない。いや、この男なら他に聞かれようが話してくれたかもしれないが、所長の耳に入ったら梅島の立場が悪くなったかもしれない。
梅島に礼を言って新宿営業所を出た。寝不足で頭が朦朧としてきたが、まだやることが残っていた。明治通りに出ると新宿方面へ向かうタクシーを止めた。
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