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友と呼ばれた冬~第32話
家に帰り、温めのシャワーを浴びた。身体は冷え切っていたが、高揚した心を少し冷ましたかった。
これで千葉が車で動けばその行動を把握できる。保険を一つ手に入れた。肝心のピースはまだ見つからないが確実に前進している手ごたえがあった。
郷田はいつまで休むつもりだろうか。郷田の動きが気になった。
千尋を尾行した男の身元が割れたが、肝心の動きが把握できなくては千尋の安全を確保できたことにはならない。
俺は携帯電話を手にして、千尋の番号を押した。
「もしもし?」
千尋がすぐに出たことに安心した。千尋が続けた。
「ごめんなさい」
予想外の言葉に俺は戸惑った。
「なぜ謝る?」
「真山さんにご迷惑をお掛けしているのに私の思いばかりぶつけてしまって。ごめんなさい」
言葉が出なかった。千尋はずっとそんな思いを抱えて過ごしていたのか。
「学校には行っていません。逃げているようで嫌だけど、私は自分の身を守れないから。お父さんはまだ」
独白のように千尋が受話器の向こうで話していた。情けない男だ。俺は心の底からそう思った。
「すまない、まだ見つかってない。ただ、あの時、君を尾行した男の身元はわかった。大野と同じ営業所のタクシードライバーだった」
「お父さんと同じ会社の人?」
「あぁ、そうだ。なんのために君を尾行したのかはまだわからないが、大野の電話をあの男が持っていることはほぼ間違いない。大野の失踪に関わっているはずだ。伝えるのが遅くなって悪かった。男の身元が分るまで学校を休んだ方がいいと言ったのは俺だ。すぐに伝えるべきだった」
「学校には事情は伝えたから大丈夫です。しばらく休みます」
「そうか。君を尾行した男は今、会社を休んでいる。あれから不審な電話や変わったことはないか?」
「はい。おばあちゃんにもちゃんと話して二人で気をつけてます」
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郷田の行動は予測がつかない。俺が千尋と繋がっていることはあの雪の日に分ったはずだ。
千尋を尾行する時、千尋のことにしか目がいっていなかったように見えた。周りを警戒していなかった。
粗暴な一面と便利屋の経験。
きっちりしている者の方がまだ読みやすい。
厄介な男だ。
「お父さん、無事かな」
郷田の事を考えていた俺は大野の無事に確信を持てなかったが、千尋を不安にさせる言葉は出せなかった。
「大野の走りは慎重だった。あいつは人一倍真面目だ。それにしつこいくらいに粘り強い」
「そうだよね、でもそんなに真面目じゃなかったよ。私が小学生の時にどうしても欲しいゲーム機があってね」
小学生の頃、千尋がどうしても欲しかったゲーム機を手に入れるために、大野が徹夜で西新宿の大型家電店の前に並んだという話を千尋が楽しそうに聞かせてくれた。
「仕事中にさぼって並び始めたんだ、お父さんが先頭だったんだぞ。ってさぼって並んだことを自慢してたもん」
その話は俺も大野から聞いたことがあった。千尋にはそう言っていたようだが、大野はその日、苦手な銀座で仕事をしてきっちり売り上げを作ってから並び始めたことを後で同期が教えてくれた。
真面目なんだよ、君のお父さんは。
「訂正する。人一倍真面目ではないな」
「ねぇ!でも嬉しかった。お母さんと一緒にずっと遊べたから」
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そうか。千尋は身体の弱い母親と一緒に家で遊べるゲーム機が欲しかったのか。
俺は大野のアパートで見た写真を思い出していた。
「あいつが君の話をする時は本当に嬉しそうに話してくれた。君の写真も何回も見せられたよ」
「そんなにたくさん撮った覚えがないな」
「あぁ、いつも同じ写真ばかりだった。だからこれからはたくさんお父さんと写真を撮るといい」
「うん」
「同じ写真はもううんざりだからな」
「ひどい!」
千尋とのわだかまりが少しだけほぐれた気がした。
何か分かったら・・・・・・、俺はそう言いかけたが言い直した。
「大野を見つけたらすぐに連絡する。待っていてくれ」
「はい。待ってます」
窓の外に久しぶりの青空が見えていた。
自分を縛りつけていた孤独と頑固さが解放された気分だった。
孤独とは分かち合えるものなのか?
そうだよ。
千尋がそう言ってくれる気がした。
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