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友と呼ばれた冬~第4話

 玄関を入るとすぐに三畳ほどの台所があり、奥に六畳ほどの部屋があったが家具らしいものはほとんど置いてなかった。きちんと整ったシングルベッドの他には、小さなテーブルと本棚があるだけでテレビもラジオもない。

 テーブルの上には一台の古びたノートパソコンが置かれていた。エアコンから吹き出す温かい風が部屋の淀んだ空気と沈黙をかき回す。ここには千尋の痕跡こんせきは何もないように見えた。

「お父さんとは別々に暮らしているんだな?」

 千尋の目が複雑に曇り、俺は間違って咎めたとがめたような気分になった。

「はい。半年前から私は母方の祖母と暮らしてます」

 大野の居ないところでその理由を聞くのはルール違反に思えた。

「大野の書き置きを見てもいいか?」
「あっ、はい」

 千尋はパーカーのポケットからメモ用紙の切れ端を取り出し俺に渡した。そこには、

「千尋心配かけてすまない。お父さんは帰れなくなるかもしれない。真山さんに連絡を取って欲しい。番号は――。」

 と書かれていた。少なくても大野はこうなることを予期してこんな書き置きをしていたに違いなかった。そして俺を巻き込むことも。

 タバコに火をつけると千尋があからさまに嫌そうな顔をして本棚の横にある窓を開けた。本棚の中段に飾ってある写真立ての中で、穏やかな笑みを浮かべた女性が俺の目をまっすぐ捉えていた。腕に抱かれている幼児は千尋だろう。


 シャッターを切るときに大野が笑わせたのか大きく口を開いて笑っている。そこには撮影者の幸せまでもが凝縮されていたが過去のものだった。大野の妻は身体が弱く6年前に亡くなっていた。入社当時に大野から話を聞いたとき、大野の転職は妻の死に関係しているのではないか?と邪推した記憶があった。


「父に何があったんでしょうか?」
「俺たちには大野が失踪したことも知らされていない。失踪したやつがいると噂が立っているだけで、詳しいことは何も聞いてないんだ」

 千尋の手がパーカーのポケットの中できつく握られ、小さな金属の音がした。


「会社から聞いたことを教えてくれるか?」
「はい。父が仕事の途中で車を置いたまま居なくなってしまった。家には帰っていますか?と聞かれたので、一緒に住んでいないことを伝えると父の家を見てきてほしいと頼まれました」

 千尋の話だと、会社は大野が千尋と一緒に住んでいると思っていたようだ。大野が失踪し、緊急連絡先として会社に登録されていた千尋の番号に連絡がいったのだろう。それにしてもこう言った場合、会社からすぐに大野の家に誰かが確認に来るのが普通の対応のはずだ。

「会社は大野のこの家を知らなかったんだな?」
「そうみたいです。会社の方は父と私が半年前まで一緒に住んでいた家を見に行ったみたいで、事情を話すとここの住所を聞かれました」

 通常、乗務員は住所異動をしたら会社にその旨を届け出る。俺たちの商売道具である運転免許証や乗務員証の情報を書き換えなければならないからだ。千尋の話だと別居を始めたのは半年前と言うことだから、免許証や乗務員証の書き換え時期がまだ来ていない可能性はあったが、大野が故意に届け出をしていなかったのか、ただ忘れていたのかは分からない。

「ここの鍵は持っていたのか?」
「はい。これだけは持っていてくれって」

 そう言ってパーカーのポケットから赤色のカラビナにぶらさがったこの部屋の鍵を取り出した。大野の書き置きも千尋の話もどちらも大野の失踪に関してなんの役にも立たなかった。



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