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『のぎ夏暮らし』#1

俺は両親の運転する車に揺られていた。
窓から外を見ると田舎町が広がっており奥には海も見える。
自然も豊かで普通なら心が癒される所だろう。

「……」

しかし俺は違う。
正直うんざりしていた、両親もお節介だ。
鬱病の療養のためにわざわざこんな所まで。
環境が変わるのは喜ばしくない。

「ホラ、良い所だろ〜"乃木坂村"だ」

「鬱なんか吹っ飛んじゃいそうじゃない?」

なんて無責任な発言をする両親だろう、鬱を舐めないで欲しい。
吹っ飛ぶどころか悪化しそうだ。

「お、叔父さんの家だ」

「あら、出迎えてくれてる!」

一階が喫茶店になっている二階建ての家の裏に周ると今日からお世話になるらしい親戚の設楽家の人々が"Welcome"という文字をボードに書いて手に持っていた。

「おーい!待ってたぞー!」

元気よく手を振る設楽家の叔父さん、統さんと隣には妻の沙友理さんもいた。
幼い頃に会った事はあり悪い人ではない事は分かっている。
車を降りて挨拶をしに行く。
設楽夫婦は快く歓迎してくれた。

「でかくなったなぁ、もう一人前の男だ!」

「よろしくお願いします……」

明るく話しかけてくれるが鬱なもんで暗い返ししか出来ない。

「あぁ、荷物届いてるぞ」

俺の様子を察したのか統おじさんは早速部屋に案内した。

「じゃあしばらく預からせてもらうからな」

「頼んだよ兄さん」

こうして俺の両親は去っていき親戚の家に預けられる日々が始まった。





荷物を開けて自室として用意された部屋に並べると俺は早速机に向かう。
そして鬱になる前から愛用している自作PCを起動してWordを開く。
車で移動している間に思い付いたシナリオを書き留めて行く。

「うん、いい感じだ」

俺は映画監督になりたい。
というかそれしかない。
自分に与えられた才能がそれ以外に無かったんだ。
だから誰よりもそれに執着して生きてきた。
でもその執着が仇になったんだ、上手く行かないと少しでも思った途端に全てが崩れ去った。

鬱になった心を誤魔化せるのは未だ執着の解けない夢を手放さず観続ける事しかない。
未来なんて見えないけど辞めるという選択肢はなかった。



一方で一階にある設楽家の喫茶店では……

「○○君、部屋に篭ったままやんな……」

「鬱の辛さは俺らもよく分かるだろ、今はソッとしてやるんだ」

妻である沙友理の背中を摩る統は優しく言った。

「まぁ腹減ったら降りてくるだろ」

時刻は昼過ぎ。
そろそろ腹も空く頃だと思い彼らは昼食を準備する事にした。





自室で俺は脚本を切りの良い所まで書き終えた。

「ん〜、これくらいかな?」

伸びをしているとふと時計が目に入る。
時刻は13:00を過ぎていた。

「……流石に腹減ったな」

鬱になったばかりの頃は食欲なんて沸かなかったが脚本を書く事に尽力するようになってからは脳が少し活発になったのか食欲が出てきた。

「……でもどうしよう」

言ってしまえばここは他人の家だ、両親も既に帰ってしまった。
今いるのは久々に会って少し気まずい親戚だけ。
食事を迫るのも申し訳ない。
それでも腹の虫は鳴り続ける。

「仕方ない……」

このままでは腹が減って後の執筆にも集中できないだろう。
ひとまず俺は一階に降りてみる事にした。

「すみませーん……」

一階に降りるとそこには玄関と居間がありその奥に喫茶店に通じる扉があった。
家の中に夫婦は居ないようなので恐らく店に出ているのだろう。
気になった俺は扉に耳を当ててみる事にした。
すると声が聞こえて来る。

「今日も写真集の撮影?」

「はいっ、あと少しで完成するので!」

「出来たら真っ先に見せてくれよ、乃木坂村の大女優さん!」

「気が早いですよおじさん……///」

聞こえて来るのは夫婦の声と客と思わしき若い女性2人の声。
マズい、他の客がいると余計に出ていけない。
それでも俺の腹は空くばかり。
すると、、

「ちょっともの取ってくるわ」

そう言って沙友理さんが扉を開けた。
どうしようか考えていた俺は反応できない。

「いてっ……」

開かれた扉に思い切り頭をぶつけてしまった。
店に居た人々が俺の存在を認知する。

「ごめんなさい!おったんや!」

「いてて、ちょっと腹が減って……」

すると統おじさんも顔を覗かせる。

「おう○○、やっぱ腹減ったか!」

そして店のカウンター席に案内した。
椅子に座ると隣に制服姿の女子高生がいた。
先ほど聞こえた声の主だろう。
しかし何故だ、夏休みなのに制服を着ている。

「…………」

知らない同世代の人、しかも女子2人が隣にいて緊張してしまい何も話せない。
それにこの2人、異常なほどの美少女だ。
田舎はこんな美少女が2人も居るような所なのか。

「あの、もしかしてここに越して来た人……?」

美少女の内の1人が話し掛けて来た。
黒髪ロングのスタイルの良い正統派美少女だ。
俺とは違う純粋そうな瞳が眩しすぎて直視できない。

「えっと、そうだね……」

するともう1人の美少女、ボブヘアーの活発そうな少し童顔の子が反応する。

「じゃあ設楽さんの甥っ子?」

「うん……」

「って事は同い年だ!」

同い年と言い喜ぶ彼女。
恐らく学校が始まったら同級生になるのだろう。
身に付けている制服も資料で見た女子のものだと気付いた。

「よろしく!私、冨里奈央です!」

「五百城茉央です」

童顔のボブヘアー美少女は冨里奈央。
黒髪ロングの正統派美少女は五百城茉央。
そんな名前らしい。

「えっと、設楽○○です……」

名乗ると彼女らはすぐに俺を呼んでくれた。

「よろしくね○○君!」

手を差し出して来た2人。
それぞれの手を両手で取り同時に握手を交わした。
夏の田舎町での暮らし、思う所はあるが良いものにしたい。





つづく


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