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【幽界への案内人】case1. 貴婦人
こちらの記事は以下の続きです。
迷い人が私を見つけるとき、確かに波長が合ったのだ。
幽界案内人の私と波長が合うということは、当人にその自覚がなくとも、きっと本来在るべき場所に還りたがっている。
或いは、偶然という名の幸運かもしれない。
幽体で彷徨う彼らは、生前における全ての情報が記録としてその体に刻まれていた。
荒木飛呂彦先生の「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる、岸辺露伴のスタンド能力をご存知だろうか。
彼の能力「ヘブンズ・ドアー」は、本にした人間を文字通り「読む」ことで、その人の人となり、経歴、能力、本心といった個人情報を読み解くことが出来る。
(ちなみに発動条件は相手との同調。露伴と波長が合えば合うほど能力にかかりやすい)
幽体にも似たような性質があると考える。
つまりは、“個人情報”が刻まれている。
しかし歳月ともに、忘れていく。
特に記録的なものは急速に忘れていく。
忘れたことすら、わすれてしまう。
残るのは、強い感情のみになる。
何かに固執した想い、怒りや悲しみなどのネガティブな感情、強い我欲による未練なども該当するかもしれない。
迷い人には様々なケースがあり、私はいつでも臨機応変に、その対応を迫られるのだ。
🕊
「こんにちは」
声を掛けられたので同じように返すと、大体は驚いた反応をされる。
私には彼らの姿が見えていない。
彼らと対話をする時、私は全盲となる。
ぼんやりと “そこにいる” のを感じるだけだ。
ここからは、貴婦人と思われる女性との対話の記録である。
「驚いたわ。アナタ、お話が出来るのね。」
「私とお話が出来るということは、貴女はすでに亡くなっているということですが、その認識はありますか?」
豪速球のコミュニケーション弾丸を投げたところ、貴婦人はその球をひょいと避けて言った。
「あら、失礼なことを言うのね。
私はちゃんと生きているわよ。」
「でも、おそらくもうあまり過去を憶えていないでしょう。」
「……確かにそうね。何も思い出せないわ。」
暫しの沈黙。
「ねえ、私はどうして絶命したのかしら。」
「……ここでは貴女がいつどうやって亡くなったのかを知ることは出来ません。知りたければ、幽界へ行きましょう。」
貴婦人は残念そうに溜息をついた。
「そこへ行ってどうするの?」
私が一連の流れを話すと、貴婦人は輪廻転生に対して拒否反応を示した。
「また生が始まるなんて厭だわ!
私、記憶なんて殆ど無いけれど、何だか酷くつまらないものだった気がするの。もうお腹いっぱいよ。面倒だわ。それなら此処に居た方がマシよ!」
こんなことを言うと失礼極まりないが、生前も愚痴が多そうだ。経験上この手の女性を説得するのは時間がかかる。
対話を通して案内したい気持ちと、時間が無いので早く終えたい気持ちを、コンマ1秒の間で行ったり来たりしながら、結局後者が勝ってしまった。
「お姉さん」
「あら、私もうお姉さんなんて歳じゃなくてよ?もう良い年齢よ。うふふ。」
「そうなんですね!私には姿が見えていませんから、てっきりお姉さんかと思いました。」
内実、声色でご年配の方だろうと踏んでいたが、初対面ということもあり “お姉さん” 呼びにしておいた。
「ハグしていいですか?」
「ハグ??ハグってなあに?」
「抱きしめるって意味です。」
「あら!まだ出会って間もないのに、抱き合うなんて考えられないわ。余程親しくないと無理よ。」
「大丈夫、今の日本では普通のことです。」
「……そうなの?」
説得のために、令和の日本を盛りに盛っておいた。
承諾を得る前に私は半ば強引に、貴婦人を抱きしめた。
いよいよ貴婦人は私の腕の中にすっぽりおさまった。私よりもずっと小柄な女性だった。
「頑張りましたねえ~、よしよし」
抱きしめた私は赤子をあやすように背中をさすった。貴婦人はされるがままだった。
私はいつも、手を握ったり抱きしめる。
そこに私なりの愛を込める。
特別なことはしない。
祈りにも似た、静謐なひとときだ。
美しく、穏やかで、安らかな時間。
すると私の込めた愛に反応するように、貴婦人の心が震えるを感じた。
はっとして彼女の顔を見る。
一筋の涙が彼女の頬をつたう。
それを誤魔化すように、“ふん、悪くないわね” …と呟いていた。
貴婦人はその後、優美な足取りで幽界へ向かった。
「有難う。左様なら。」
その端麗な後ろ姿を見送り、彼女の余韻を後にした。
ー
以前書いたまま、あたためていた話です。
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雪乃🌹