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-散文- 恋、四季。

或る人の下駄箱に、手紙があった。
そんな、女子トイレの内緒話を聞いてしまった。
それから、ほんとうに、ほんとうに。
私は、どうしようもなくなってしまった。 
 
 立てば芍薬
  座れば牡丹
   歩く姿は百合の花

そんな言葉が似合う美しい貴方。
ずっと、ずっと、傍にいたのに、私、知らなかった。

隣にいると、その長く、しなやかな、睫毛に、目が吸われる。
そんな私に、貴方の深みと強さの混ざる瞳を、向けてほしい。
窓際に、憂鬱に腰掛けて、どこを見ているの。
 
 知りたい。
 知りたくない。

どうしようない心は、すぐに矛盾する。

春雨が、貴方の肩を濡らしている。
地面に落ちた、逆さの傘に、水貯まる。
桜の花弁が、流れる水の道に、貴方の白くかぼそい足が、あらわれる。
貴方の美しさがわからないなんて、その人は、おかしい。

 私は、貴方に涙を流させない。
 でも、貴方に泣かれるほど、思われたい。

また、矛盾した。
ほんとにどうしようない。
季節外れの雷が、遠くで鳴いている。

街を、蝉時雨が包み込む。
その音の雨を浴びながら、サイダーが二本、ぶらぶらと別々に揺れている。
なら、まだ、一緒にいられる。
こんな、蜃気楼になってしまいそうな暑い日に、ただ集まれる。
でも、少しだけ

 揺れがシンクロしてほしいなと思う。
 そう願えば、一本だけになる。

今度は、矛盾しなかった。
でも、悲しい結果。
そんな、私を構うことなく、サイダーを飲んでいる貴方は、恨めしい。
でも、その唇から目が離せない。

鰯が泳いでいる空の下。
貴方は、はにかんで、私の手を取る。
そうして、貴方は、私を季節外れの海に連れ出した。
電車に、並んで揺られる。
近くて、呼吸音と香水に心臓が痛くなる。
ドアが開くと、潮の匂いに包まれる。
貴方の白くたおやかな手に引かれて、潮騒のもとに向かう。
陽光に照らされて、青白く波が光っている。
堤防の上、潮風に髪が靡く。
横で、灰色の砂と、どこまでも続く水平線を見つめる貴方。
その立ち姿は儚げで、とても、とても、美しい。
その日の出来事は、たったそれだけ。
でも、私はこの日を一生わすれない。

寒空と、枯桜に、赤いマフラー。
それが、今、私にあるもの。
夏のサイダーは、一本になってしまった。
ただ、それだけのこと。
そう割り切れたらいいのに。

 貴方が幸せならそれでいい。
 ただ、私も幸せになりたい。

矛盾はしない。
でも、解決もしない。
もう、親友じゃない。
だから、通学路は、一人で歩く。
夏は、蝉の声を聞きながら、一本のサイダーを飲む。
そして、海は、もういかない。
今は、ただ、ただ、貴方が恋しい。

桜吹雪の先に、貴方を見た。
笑った横顔だけ見えた。
私を置いて去っていく。
ただ、それだけ。


 

 






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