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想像と理解とゆるすこと⑧

「ママは可愛げがない。」
当時高校生だった子どもから言われた言葉だ。
当時の私の「全てを一人で抱え込みすぎてる」状態を「可愛げがない。」と評したのだろうと私は理解している。

衝撃を受けたが不思議と腹は立たず、「この子はすごい。」とすら思った。
親の一番痛いところを良くキレる鋭く長いナイフで確実に仕留める言葉。
そんな言葉を言えるだけ成長したんだな、と感慨深かった。

ただ、「そんなもんはキミを育てるために真っ先に捨てたよ。」とは思った。言わなかったけど。

夫がいつだか「やっぱり女は子ども産むと変わるよな~。」と友人達との飲みの席で言っていたことがある。
普段から寛容で反射神経も良くない私だが、あの時は即その場でボコボコにぶん殴ってやろうかと、わなわなする右手を必死に押さえていた。
押さえる必要などなかったと、今の私は悔やんでいる。


育児で必要なのは、可愛げなどではない。

さっき寝たかと思えば泣き、泣いたかと思えば寝、空腹なのか暑いのか寒いのか排便なのかそれともただただ泣くという行為がしたいのか、恐らく子ども本人ももはやわからないのだろうと思うほどのけ反りながら泣き、昨日は美味しそうに食べてた食事を今日は一口も食べず、味噌汁に手を入れ、おかずを落とし、目を離した隙に新聞紙をびりびりに破き、ティッシュを部屋中に撒き、ボールペンで壁に絵を描く。

家中の紙という紙を丸めて剣やおみくじにし、これから冬眠でもするのかと思うほどの大量のどんぐりを拾い、それを秘かに捨てれば「ママなんてだいっちらい!」と烈火の如く怒り狂い、どう見てもピエロもしくは新進気鋭のファッションデザイナーが手掛けたようななんとも目がチカチカする洋服を纏い、気に入った下着を毎日「これがいい!」と履き続け、真冬の寒い夕方に「ママ見てて!」と逆上がりをなん十回も回り続け、親を膀胱炎一歩手前状態にさせる。
そして、これらの合間に風邪やらインフルエンザやらプール熱やらノロウイルスやら中耳炎やら結膜炎やら水疱瘡やらおたふく風邪やらに罹る。
そして親は受診先や受診タイミングを判断し、指導された服薬時間や投与量など覚えて実行する。

どこに「可愛げ」の入る余地が?
そんなもん、邪魔なだけだ。


母も必死だったのかもしれない。
2歳違いの子どもが三人、たった一人でも思いどおりにいかない子育てが単純計算でも三倍。余裕の無さも三倍。
加えて家父長制からの「男は会社、女は家庭」という押し付け。「なんで私が。」という思いになって当然だ。

だがやはり、私はここで『だけど』、という思考になる。

理解はできる。苦しさや悩ましさ、口惜しさ、もっといえば妬ましさも想像できる。それは私も感じている感情だから。

自分は日々の生活で精一杯、自分の体の儘ならなさをどうにか鎮めることで精一杯で、若くもなくかといって年老いたわけでもなく、だが確実に昔とは違う「何か」がヒタヒタと足元に忍び寄ってきている不安定な感覚だけはある。

一方であれほど苦労して育てた、成長した我が子達は若々しく華々しく楽しげに快活に何の悩みもなさそうに軽やかに生きている。
いいな、楽しそうだな、私ももう少し若かったらあんな風に楽しく軽やかに毎日を過ごせたのに。
若い頃は相当モテたらしい母ならなおさら「妬ましさ」は増幅されただろう。

でもねお母さん、その醜い感情を抱く自分と向き合わずに「愛情」というものに巧みにすり替えるという簡単な行為にどうして手を伸ばしたの?
あれほど自分の頭の良さと容姿を誇り、子どもにもそれを求め続けたあなたが、どうして?

あぁ、あなたは本当は、本当に、「親」になりたくなかったんだね。

お母さん、「親」というものはね、常に自分と向き合う作業の連続なんだよ。
自分の醜さ、いたらなさ、未熟さ、できなさ、不足分、常に「自分は足りない」事を思い知る、の繰り返しなんだよ。

お母さん、親が子どもにしてあげられる唯一の事は「自分のできなさを噛みしめる」ことなんだよ。
悲しいけど、それしかできないんだよ。それしかやっちゃいけないんだよ。
あなたはそれが、わからなかったんだね。

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