想像と理解とゆるすこと⑫
最近とみに考えることがある。「母は私に何を求めていたのか」
もう少し解像度を上げると「母は子どもにどんな人生を歩んで欲しいと願っていたのか」という問いになる。
私は母から”完璧”を求められていると強く感じていた。
彼女の思い描く”完璧な娘”。
テストは常に100点、スポーツでも校内トップクラス。
ピアノで音高に入学、音校→音大入学が無理なら早慶、妥協してMARCH。
就職先は一部上場企業、結婚相手は転勤族不可実家近隣在住もちろん一部上場企業勤務。
あまりにも分かりやす過ぎる「記号」だ。
その記号全ての所持を、私は拒否し続けた。
テストはのらりくらり勉強して頑張っても90点台。
音高への進学も拒否、大学は勉強しなかったのでFラン。
新卒入社先は上場しておらず、もちろん結婚相手の勤務先も上場していない。
一方で、母の願った記号を手にした理想の娘は、妹だった。
テストは常に100点、スポーツ万能で学校中のマドンナ。
一流高校進学のち早慶進学、一流銀行へ就職し、結婚相手も一部上場企業勤務。
だがそして今。
私は「働く」を継続し、着々と自立への道を歩む一方、妹は出産後に精神疾患を患い、以降15年以上就労できないでいる。
「していない」のではない、「できない」のだ。
あなたは二人の娘たちにどんな人生を歩んでほしいと願っていたのか。
あなたの理想を全て叶えた娘と、全て拒否した娘。
あなたはどちらの人生がお望みだった?
今、あなたが定義した『幸せな人生』を歩んでいるのはどっちだと思う?
責任を取れとは言わない。
選んだのは私だから。
責任を取ってほしいとも思わない。
私の人生だから。
ただ、あなたは、あなたの願いを全て叶えてくれた娘には、謝罪すべきだと思う。
彼女は今もとても苦しんでいる。
毎日のように「私はどうしたらいいの?」と家族に私に、聞いてくる。
「働いて自立したいけど、できない。」「私はこれからどうなるの?」と先の見えない不安と毎日必死に戦っている。
あなたの言う事を全てきいて、あなたの願う姿でさえいれば、完璧だったはずの彼女の人生は、それとは程遠いものになってしまった。
自分の欲望を子どもたちに投げつけるだけ投げつけ、さっさと自分の人生からおりてしまった母。
到底叶えられるはずのない完璧さを娘たちに課した、その結末を見届けることも、それと真正面から対峙することもせず、病という世界に閉じこもってしまった母。
それが私たち娘にとってどんなに残酷な仕打ちだったか、母にはわからないだろう。
あなたが病という世界に閉じこもってから20年が過ぎようとしている。
この間、娘たちはそれぞれの人生を、一人でのたうち回ってきた。
一番肝心な時に、あなたがいなかったからだ。
娘たちが人生最大の困難にぶつかっていた時、あなたは自分の世界に閉じこもったままだった。
だから私達姉妹はお互いをお互いで支え合うしかなかった。
あなたは生きているのに存在していなかった。
そしてそれは昔から変わらないのかもしれない。
私の中に”母親”というものは存在していないのかもしれない。
あなたはずっと子どもで、私はずっと親だったのだから。
だから冒頭の問いへの答えは「ない。」だ。
子どもが手に入らない玩具を求めるように、母は私達に完璧という玩具を求めたに過ぎない。そんな玩具は存在しないのに。