#14 不揃いのまま
「歯科矯正する?」
母から勧められたのが、小学5年生のころ。
矯正はとてもお金がかかる、ということくらいは知っている。
それに家を建て替えてまだ4年、よくわからないくらい大きなローンがあることも知っている。
この年頃になれば、色々なことを独自のルートで知り得ることができたから・・・遠慮をして、「しなーい」とぶっきらぼうに断った。
わたしの背格好は、普通くらい。
見た目は、特別かわいい感じでも、美人な感じでもなく、普通。色素が薄いせいか、全体の輪郭がぼんやりしている。
こじんまりした口には、2本の八重歯がある。
笑った時に、その先端部分が出してしまうから、口元を手で覆い隠す癖がついたのはこのころからだ。
歯に矯正具をつけた子が、わたしの周りにも数人いて、みな喋りづらそうに、給食を食べにくそうに、口の中が切れてティッシュで血を拭き取っている子もいた。
この生活を1年または期間が定まらないまま、装着し続けるということは、児童にとってそれは大変なストレスだろうと思う。
がしかし、子どもの柔軟性は凄まじく、みるみる内にあるべき位置に歯が整列し、口元がすっきりしていく様子は、痛みを知らない者から見て、ただ羨ましかった。
中学生になると、勉学と部活に明け暮れる日々で、八重歯に対するコンプレックスが次第に薄らいでいった。というより、気にかける時間がなかったのだろうと思う。
人並みに恋愛もして、毎日が忙しくて楽しくてすんごく眠くて、充実感に包まれながら毎晩気絶するように眠ったなぁ。
そんな最中突然やってきた、八重歯時代。
八重歯を持つ者だけが、羨望の眼差しで見られるという、わけのわからない現象が起きたのだ。
この時に浴びた「かわいいー」は、間違いなくわたしの生涯において最多記録であり、戸惑いながらも素直に嬉しかったし、自信になった。
収まりが悪いところが、わたしらしい。
いまでも変わらず、笑う時は口元を隠してしまうけれど、理由などない。
染みついた癖なだけ。
わたしの八重歯は母譲り。
わたしの八重歯はわが子へと引き継がれた。
「歯科矯正したい?」
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