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斉藤さん
約10年ほど前に『斉藤さん』というアプリが流行っていた。
不特定多数の人たちと無差別に繋がり、無料通話ができるというマッチングアプリだ。
ある日、斉藤さんをやっていたら、陽キャなお兄さんと繋がった。
僕「こんばんはー。」
陽キャお兄さん「おまえ絶対陰キャじゃん!」
僕「え?」
陽キャお兄さん「いや、声だけでわかるわ!ねちょねちょしてて気持ちわりーし!」
僕は傷付いた。挨拶をしただけで陰キャ呼ばわりされたのだ。
僕はすぐさま電話をブチ切った。そして「二度とこんなアプリやるか!」と心の中で叫んだ。本当は心の外で叫んでやりたかったのだが、壁の薄いアパートに住んでいたため、できなかった。
以前から自分の声が気持ち悪く感じてしまうことはよくあったが、「自分の声は気持ち悪く聞こえるものだ。他人が聞いたら普通なんだ。気にするな。」と自分に言い聞かせていた。実際、これまで他人に声が気持ち悪いと言われたことは一度もなかった。だが今回、赤の他人に気持ち悪いと言われてしまった。やはり僕の声は気持ち悪いのだろうか。それを確かめるために、自分の声を録音して聞いてみた。案の定、ねちょねちょしていて気持ち悪かったし、陰キャと判定されてもおかしくはないなと思ってしまった。
僕は当時、バンドを組んでいて、ギターボーカルを担当していた。ドラム担当のHくんがよく録音をしていたのだが、僕はそれを聞くことを極力避けていた。
自分が認識している自分の声は正直カッコいいと思っていた。しかし、録音された声は大抵気持ち悪い。それを聴くことでモチベーションが下がるくらいなら、聴かない方が良いのではないか?と考えていたのだ。今思うと、ただの逃げだったのかもしれない。
この際、録音した歌声もきちんと聴いてみようと思った。僕はイヤホンをし、恐る恐る再生ボタンを押した。前奏が流れた。Hくんのドラムの主張が強すぎる。だが、その自己顕示欲の高いドラムのおかげで、緊張が少し和らいだ。そしてついに僕が歌い出した。やはりねちょねちょしていて気持ち悪い歌声だ。停止ボタンを押しそうになったところでサビに入った。そこで僕はふと気が付いた。「あれ?ねちょねちょ感がない!」どうやら、高音域に入るとねちょねちょ感が消えるらしい。しかも良い声だ。僕はテンションが上がった。そして良いことを思い付いた。「普段から高い声で話せば良いのではないか?」そうすれば、相手に良い印象を持ってもらえるに違いない。
翌日、僕は大学へ行き、友人に高い声で話しかけてみた。
「キモっ!」
友人はそう言って後退りをした。