見出し画像

雪山の夜(小説)

 雪が降ったら暫く会えない。僕らは何故こんなふうなのだろう。寒い間だってずっと大好きなものたちと一緒に過ごせる生き物は、この世にたくさんいるはずなのに。
 冬ごもりの支度を終えた父さんと母さんを見ながら、僕は溜息をつく。君は隣で平気な顔だ。そんなに憂鬱にならなくてもいいじゃない、とまで言った。
「僕と離れて寂しくないの?」
「眠ってしまうんだから、平気よ」
「僕は寂しいな」
「なら、私の夢を見るといいわ」
 冬ごもりの眠りはとても深いから、きっと夢なんて見やしない。それは君も知ってるはずだけど。それとも君は、いつも僕の夢を見ているんだろうか。
 君の耳が、ぴくっと動いた。木々の間を風が抜ける音が一段と鋭くなったようだ。別れの時は、たぶん刻々と迫っている。ふと思いついて、口を開いた。
「目が覚めたら、今よりもっと大人になってるって父さんが言ってたんだ」
「そうね。眠った分だけね」
「結婚もできるだろうって」
「私もそう言われたわ」
「じゃあさ、僕と結婚しない?」
 君は突然黙り込んで僕を見た。また、冷たい風の音。
「……駄目かな」
「いいわ」
「本当に?」
「ええ」
 鼻先にひんやりした何かが触れて、僕は空を見上げた。ちらちらと舞う白いもの。ついに雪が降ってきたのだ。
「今年は何だか早いみたいだ」
「その分きっと、春も早く来るわ」
 僕の言葉に、君も空を見上げて笑う。
「待ち遠しい?」
「とっても」
 それぞれの巣から僕らを呼ぶ声が聞こえた。もう行かなくちゃいけない。軽く頬を寄せ、僕らはお互いの匂いを嗅ぎ合った。ちょっとだけさよならの挨拶。今度会ったら、もうずっと離れなくていい。
「じゃあ、またね」
「ええ」
 背を向ける君を見送って、僕も巣に戻る。夕食を終えた後でこっそり外を見ると、辺りはすっかり雪に覆われ、夜なのに仄かに明るかった。
「そろそろ、眠ろうか」
 後ろから、父さんの声。僕は頷いて寝床へ行く。
 雪山の長い夜。長い眠り。春を待ちわびて、僕は目を閉じた。