短編小説 「500円の魔法」
「はぁ、今月まだ5日もあるわ…食費に使えるのは、あと500円だけ」
家計簿と1枚の少し錆びれたニッケルを見てため息をつく34歳の主婦アヤコ。
6歳の息子ケイタは、母のそんな様子を襖の影からこっそりと覗いていた。
(ママ、500円玉を見てため息つくなんてどうしたんだろう…)
話しかけにくい空気を感じ、一人部屋へ戻るケイタ。そして、机の奥に大事にしまってあった500円玉を取り出した。
「どうして僕のママは君を見て悲しい顔をしているの?」
そうつぶやくと……目の前で500円玉が眩い光を放ち輝きだした。
そして次の瞬間、無機物であるはずのそれが、脳内に直接話しかけてきたのをケイタは感じた。
「君のママに悲しい思いをさせてごめん。でもね、君と僕とが力を合わせれば、ママに魔法をかけることだってできるんだ!」
そういうと、今度は500円玉に翼が生え、外に向かって飛んでいってしまった。
「ちょっと、待ってよ!どこにいくつもりなの?」
それから少し時間が経ち、ケイタが家にいないことに気付いたアヤコは、心配して家中を探し回っていた。
家の中では見つけることができず、外を探そうと玄関にいったその時
「ただいま!」
「ケイタ、おかえりなさい!もう、心配したのよ!どこに遊びに行ってたの?」
「ごめんなさい……ママにこれを渡したくて」
目の前に現れたのは、小さな手にしっかりと握られた2本のチューリップだった。
「どうしたのこれ?」
「ママへのプレゼントだよ!お年玉の残りで買ったんだ!」
「そんな、お年玉は大切にとっておいたんじゃないの?」
「うん、でもママが笑う方がもっと大切だから……」
アヤコは内から暖かいものが溢れてくるのを感じた。顔を手で覆い、隙間からは涙がこぼれ落ちた。
「ママ、泣いてるの?悲しいの?」
「ううん……違う、違うの」
膝から崩れ落ちたアヤコは、大粒の涙を流し、一人の偉大な魔法使いをしっかりと抱きしめた。